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ニジェール (NIGER)

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ニジェール(NIGER) : 

公式国名、ニジェール共和国(Republic of Niger)。西アフリカのサハラ砂漠南縁のサヘル地帯に位置する共和制国家。面積、1,267,000平方`(日本の3.4倍)。人口(2013年)、16,899,327人、人口密度、13.3人/平方`。人種は、ハウサ族55〜60%、ジェルマ-ソンガイ族20〜24%、カヌリ族、フラニ族約10%、トゥアレグ族8〜10%、トゥーブゥー族、ディファ・アラブ族、グルマ族などの黒人。言語、仏語(公用語)、ハウサ語、ジェルマ語、フラニ語などの各民族語が主流。宗教、イスラームが80%、その他にアニミズム、キリスト教。首都は、ニアメー

内陸国であり、アルジェリアマリブルキナファソベナンナイジェリアチャドリビアと隣接する。地方行政は、「アガデス州」、「ディファ州」、「ドッソ州」、「マラディ州」、「タウア州」、「ティラベリ州」、「ザンデール州」の7州(région)と、1つのニアメ首都特別区(capital district)から構成されている。
 
西アフリカの内陸国で、国土の70%以上はサハラ砂漠に含まれている。北部中央に最高2,000bに達するアイル山地があり、中・北部は起伏の多い高原状の砂漠地、東南部はチャド湖へ続くステップ地帯、南部はサバナ平原が広がり、南西部に大河ニジェール川が流れる。最高地点は中央部のイドゥカル・ン・タジェ山(別称バグザン山)の標高2,022b で、最低地点はニジェール川の標高200bである。

北・中部は高温乾燥の砂漠気候。南部はサバナ気候(ステップ気候)に属し、6月〜10月が雨季に当たり300〜500_程度の降雨があり多湿。

産業は、農業と牧畜が主体。農耕は南部に限られ、ニジェール川流域で穀物、落花生、綿花が栽培され、北部では遊牧がおこなわれているが、南部全域がサヘル地帯に属しており、近年砂漠化が激しい。1979年に世界有数の埋蔵量を誇るウランの採掘が開始され、輸出の大半を占めている。

9世紀頃、ニジェール川流域に「ソンガイ帝国」が興った。早くから北アフリカとの交易があり、イスラム化が進んでいた。13世紀にハウサ人の「ハウサ諸王国」が都市国家群を建設。14世紀には「マリ帝国」の地方領となった。 16世紀前半には「ソンガイ帝国」に支配されたが、世紀末には帝国がモロッコに敗れ、崩壊した。

19世紀末には、イギリスフランスが進出し、1898年フランスが20世紀までに全土を領有。1900年にはSultanate of Agadez(1449〜1900年)も併合された。1916年、トゥアレグ族の貴族がアガデスで蜂起したが、翌年フランス軍に鎮圧された。1922年にフランス領西アフリカの一部に再編された。1926年、ザンデールからニアメに行政機能が移され、遷都した。

1958年自治国となり、1960年に共和国として独立。 独立によってトゥアレグ族居住地は、マリ共和国アルジェリア・ニジェールに分割されて抗議の声が高まり、更に冷戦下で重要性の高まっていたアガデス州のアーリットとアクータ鉱山から産出するウランの軍事的重要性等の複合的な要因から、1962年「トゥアレグ抵抗運動」が勃発。

1974年4月、陸軍のクーデターで軍事政権樹立。憲法は停止され、議会・政党活動も中止。1989年、国民投票で新憲法が承認され、形式的に民政移管。1990年、中央政府の資源独占に不満を持つトゥアレグ族とトゥーブゥー族の反政府勢力との間でトゥアレグ抵抗運動が勃発。

1996年、軍のクーデターで軍事政権を樹立。1999年、再び軍がクーデターを起こし、大統領警護隊がニアメの空港でマイナサラ大統領を銃殺した。新たな軍事政権「国家和解評議会」が実権を掌握。2001年2月、大学への政府補助金50%以上削減に抗議した学生が各地でデモ、警官隊と衝突。政府はアブドゥ・ムムニ大学(旧ニアメ大学)を閉鎖。4月マイナサラ大統領銃殺事件の捜査を求める支持者ら数千人が首都でデモ。

ニジェール川のレテ島の帰属問題をめぐり、ベナンと国境紛争を抱える。2000年5月、島に建設中のベナン政府施設をニジェール軍が破壊。6月に双方が会談したが決裂し、「アフリカ統一機構(OAU、現アフリカ連合)などに仲裁」を要請。2001年6月、両国は結論を「国際司法裁判所(ICJ)」の判断にゆだねることで合意。

2002年7月、賃金や待遇に抗議した軍兵士が南東部のディファで反乱を起こし、ラジオ局を占拠。政府は同月のうちに、ディファに非常事態宣言を発令した。反乱は8月にはニアメにも拡大したが、政府軍が鎮圧。200人以上の兵士が逮捕された。

2004年末の大雨でサバクトビバッタが大量発生した結果、2005・2006年、ラディ、タウア、ティラベリ、ザンデールで「ニジェール食料危機」が起こった。

2007年には「トゥアレグ抵抗運動」が勃発。2010年2月、ママドゥ大統領が3期目を目指し任期延長を強行しようとした為、国内の緊張が悪化。2月18日、再び軍がクーデターが起き、軍が大統領と閣僚を拘束し、憲法の停止と政府の解散、国境の閉鎖、夜間外出の禁止を発令した。

このクーデターに対し国際社会は批判を強めているが、一方で数千人の市民が軍の兵舎の周囲に集まり「軍万歳」などと叫びながら軍事政権への支持を示すなど国民はクーデターを歓迎しているという。サル・ジボが暫定国家元首に就任した。2011年4月7日、選挙による新大統領に「マハマドゥ・イスフ」が選ばれた。

ニジェールには、ユネスコに登録された世界文化遺産が1件、世界自然遺産が2件存在する。

◎『文化遺産』としては、 ◆「アガデス歴史地区」: ニジェール北部で最大の都市で、サハラ沙漠の中にあり、トゥアレグ族の支族の一つアイル人の中心地である。2013年に登録。主要な建築物には1515年に建設され1844年に同じ様式で建て直された大モスク「Agadez Grand Mosque」や、「Khaosan Palace」(現在はホテル)、およびスルタン宮殿「Agadez Sultan's Palace」がある。

◎『自然遺産』としては、 ◆「アイル・テネレ自然保護区」: その名の通りアイル山地テネレ(テネレとは現地の言葉で「何もない土地」)を対象としている。約13,000平方`の厳正自然保護区を含む総面積77,000平方`は、アフリカに数ある自然保護区の中でも最大を誇り荒涼とした景観が広がっている。砂漠の中心にそびえるアイル山には乾季でも絶えない水源があり、少なくとも350種の植物、160種の鳥類、18種の爬虫類、40種の哺乳類が確認され、翌年には危機遺産にも登録された。 ◆「ニジェールのW国立公園」: その名前は、公園内のニジェール川の流れが"W"を描くように曲がりくねっていることに因む。国立公園自体は、ニジェール、ブルキナファソ、ベナンにまたがる10,000平方`を範囲とするもので、これら3か国がフランス領西アフリカの一部だった1954年に成立したものである。国立公園の内、ニジェール国内の一部にあたる2,200平方`がユネスコの世界遺産に登録されている。450種類以上の植物、70種類以上のほ乳類、350種類以上の鳥類が生息し、ツチブタ、ヒヒ、カラカル、チーター、ゾウ、カバ、ライオン、サーバル、イボイノシシ等の大型哺乳類が多く生息する事で知られている。また、2〜5月には渡り鳥が飛来する。

「ニジェール」の風景はこちら

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2014年03月17日 | 仕向地ミニ情報 | アフリカ一覧

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