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ルワンダ (RWANDA)

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ルワンダ (RWANDA) : 

公式国名、ルワンダ共和国(Republic of Rwanda)。アフリカ大陸中央部の内陸にある共和国。面積、26,338平方`(四国の約1.4倍)。人口(2012年)、11,300,000人。人口密度、302人/平方`。アフリカでは、最も人口密度が高い国である。人口は、2008年の推計人口が9,998,000人で、4年間に13%増加した。通貨はルワンダ・フラン。首都は「キガリ」

人種は、バンツー系フツ族84%、ナイル系ツチ族15%、ピグミー系トワ(トゥワ)族1%。宗教(2001年)は、ローマ・カトリック56.5%、プロテスタント26%、アドベンチスト教会11.1%、ムスリム4.6%、土着信仰0.1%、無宗教1.7%である。

言語は、公用語がルワンダ語、フランス語、英語である。ルワンダ語がほぼ100%の国民に理解されるサブサハラアフリカでは稀有な単一言語的な国である。伝統的にフランス語圏であるが、英語圏であるウガンダに逃れていたカガメ大統領をはじめとする現政権の「ルワンダ愛国戦線(RPF)」が主に英語話者であり、フランス語が話せなかった事と、現政権と関係の深いアメリカイギリスの後押しもあり、2008年に公用語にそれまではルワンダと全く関連の無かった英語が追加され、2009年にはイギリス連邦に加盟した。

同年、教授言語はベルギーによる植民地支配以来続いていたフランス語から英語へと変わり、政府要人にも英語を学ぶように要求しているなど、実質的にフランス語圏から英語圏への転換を図っている。国民の大半はフランス語を話せる事はできても英語をほとんど話せない状況であったにもかかわらず、新政権の判断により短期間でフランス語圏から英語圏へと変わった世界でもまれな国でもある。

既に政府等の公的機関のウェブサイトも英語版のみでありフランス語版は存在しないなどフランス語の排除が進む。また、国民の100%が理解するルワンダ語でさえ学校教育ではほとんど使われていない。その他にもスワヒリ語が商業で使用されている。

中部アフリカに位置する共和制国家。内陸国であり、西にコンゴ民主共和国、北にウガンダ、東にタンザニア、南にブルンジと国境を接する。赤道から緯度で数度だけ南に位置する。

首都のキガリ以外は草地で、丘陵に小農場が分布する。北西の火山群から南東へごつごつした山地が連なり、西部にコンゴとナイルの水域を分ける平均海抜2,740bの分水嶺が南北に走っている。その西斜面を「キブ湖(標高1,460b)」「ルジジ川渓谷」に下るとアフリカ大地溝帯の一部となる。東斜面はなだらかに中央高地から平原、沼沢地、湖へと標高が低下する。この為ルワンダは、「千の丘の国」と呼ばれた。平均標高は1,600b。北部には最高峰カリシンビ山(4,507b)を持つビルンガ火山脈が走る。

位置的には熱帯気候だが標高が高い為、月平均気温は19℃と快適な気候である。高原部はサバナ気候、山岳部は山岳気候である。3〜5月と10〜12月が雨季で、年間降水量は東部で700_b、西部で1,700_b程度である。

IMFの2013年統計によるとルワンダのG一人当たりのGDPは、タンザニアやウガンダなど周辺国とはほぼ同じ水準にある。労働人口の約9割が農業に従事しており、小国ながら世界生産シェア10位以内に記録される産物も2つある。また湖での漁業従事者も見られる。国土及び可耕地に対して人口が極めて多く、人口過剰が問題となっている。国土は緩やかな丘陵が中心で、丘陵の最上部まで段々畑が広がっている。その為、土壌流出が問題となっている。

ルワンダの中心的産業は農業であるが、輸出において最も重要な資源は商品作物であるマラバ・コーヒーなどのコーヒーではなく、鉱物資源である。ルワンダはアフリカ大地溝帯に位置する為、海嶺型の鉱物資源を産出する。生産量が最も多いのはスズ(170d、2002年時点)である。経済的に重要なのはタングステン(150d)で、世界第8位の産出国でありタングステンだけで同国の輸出額の約3割を担っている。このほか金(10`)と天然ガス(13兆ジュール)を採掘している。また、世界中に分散していたルワンダ人が、農業、観光産業、不動産に投資し目覚しく成長しており、この現象を指して「アフリカの奇跡」と呼ばれている。

欧米人の到着以前、この地域には牧畜民系のツチの王が農耕民系のフツを支配するルワンダ王国が存在していた。1898年、ドイツの保護領となり、ベルギーの委任統治(大戦後、国際連盟の委任をうけ、戦勝国が、敗戦国の旧植民地などを統治したこと)領、国連「信託統治」領を経て、1962年独立。

第2代大統領にはフツ族の「グレゴワール・カイバンダ」が選ばれたが、1973年にクーデターが起こり、「ジュベナール・ハビャリマナ」が大統領に就任すると反ツチ族色が一層強められ、ツチ族は難民として近隣諸国に逃れた。

1987年、隣国ウガンダに逃れていたツチ族系難民が主体となり「ルワンダ愛国戦線(RPF)」が結成され、1990年以降、ルワンダ帰還を目指したRPFとルワンダ政府の間で内戦「ルワンダ紛争」に陥った。1993年、戦況の膠着からルワンダ政府とRPFの間で和平協定が調印され、同協定の遵守を支援するため「国連平和維持部隊(UNAMIR)」が展開したが、急進的な「フツ至上主義」の台頭による政情悪化が収まらず、1994年4月にジュベナール・ハビャリマナ大統領が暗殺された事を発端に、政府と暴徒化したフツ族によるツチ族と穏健派フツ族に対するジェノサイド「ルワンダ虐殺」が勃発した。この結果、約100日間の内に、当時のルワンダの総人口約730万人中、およそ80〜100万人が殺害されたとみられている。

虐殺はこの勃発を受けて侵攻を再開したRPFがルワンダ全土を掌握した事で漸く終息し、フツ族の「パストゥール・ビジムング」を大統領、RPFの「ポール・カガメ」を副大統領とする新政権が樹立された。このとき約210万人とも言われる大量の難民が周辺国に流出した。以後、ルワンダ情勢は安定に向かったが難民の本国帰還は進まず、周辺諸国の政治・軍事情勢を不安定化させて国際問題「大湖地域の難民危機」となった。

特に隣国「ザイール(現、コンゴ民主共和国)」では、モブツ・セセ・セコ政権の崩壊へと波及した他「第一次コンゴ戦争」(1996〜1997年)、周辺8ヶ国が介入する事態となった「第二次コンゴ戦争」(1998〜2003年)の遠因となり、これは現在も完全な終息は見ていない。

1994年、「国連安全保障理事会」は、ツチ族主導のルワンダ新政府の要請を受けて、ルワンダ領域内及び隣接諸国においてジェノサイドや非人道行為を行った者を訴追・処罰する為の「ルワンダ国際戦犯法廷(ICTR)」を設置、現在も審理が続いている。

内戦によりルワンダの産業・経済は深刻な打撃を受けたが、1999年には内戦前の水準へと回復を果たした。

2000年、ビジムング大統領の辞任に伴い、ツチのポール・カガメが第5代大統領に就任した。内戦時代に海外へ脱出したツチ族(ディアスポラ)のうちの200万人近くが戦後帰国し、海外で習得した様々なスキルで国の復興に尽力しており、21世紀に入り顕著に近代化が進み、「アフリカの奇跡」と呼ばれている。毎年成長率が7%前後と急成長を遂げ、2000年頃からはICT立国を目指し、ICTの普及・整備に力を注いでいる。

一方で、激しい反体制派への弾圧などで自らの権力基盤を強化するその手法は独裁的であるとの批判もある。実際に2015年には憲法172条が改正され、2034年まで大統領職にとどまることが可能となった。2012年11月20日、ウガンダと共にツチ系武装組織「3月23日運動(M23)」を支援し、コンゴ民主共和国で紛争「3月23日運動の反乱」が勃発した。

「ルワンダ」の風景はこちら

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2017年06月01日 | 仕向地ミニ情報 | アフリカ一覧

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