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スワジランド(SWAZILAND)

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スワジランド(SWAZILAND): 

公式国名、スワジランド王国(Kingdom of Swaziland)。アフリカ大陸の南東部、南アフリカ共和国とモザンビーク共和国との間にある立憲君主国で、イギリス連邦加盟国である。面積、17,363平方`(四国よりやや小い)。周囲を南アフリカモザンビークに囲まれた内陸国である。人口(2012年)、1,070,000人。人口密度、67人/平方`。2008年の調査が118万5千人であった事から減少傾向にある。国民の大半は、スワジ人である。その他に、ズールー人や非アフリカ人もわずかにいる。公用語は、スワジ語(シスワティ)と英語。宗教は、現地宗教(キリスト教と混合したもの)が40%、ローマ・カトリックが20%、イスラム教が10%等となっている。首都は「ムババーネ」

地方行政区分は、「ホホ(Hhohho)」、「ルボンボ(Lubombo)」、「マンジニ(Manzini)」、「シセルウェニ(Shiselweni)」の4地方(District)に分けられている。国自体の起伏が激しい上に降水量が多い為、植生が豊かで風景は変化に富んでいる。国土には東西に北からコマチ川ムブルジ川、ウスツ川、イングワブマ川の4つの大きな河川が流れ、国土を潤している。

内陸国で、西部には標高1,200b以上の山地と森林に覆われた高原が広がる。地形は全般に西の高地から東の低地へと傾斜しており、東部は標高の低い草原地帯で、最も標高の低い地域では標高150b程度にまで高度が下がる。

温帯のステップ気候で、気温の年較差は日較差よりも小さい。降水量は標高とほぼ比例し、西部は年間降水量が1,900_にのぼる地域があるのに対し、東部の雨量は500_程度にすぎない。季節は平均して、11〜3月は雨季で降水量は600〜1,300_。5〜9月は乾季である。

降雨量と標高により、国土は「ハイベルト」、「ミドルベルト」、「ローベルト」の3つに大きく分けられる。西部のハイベルトは雨量が多く、植林が進められている地域である。中部のミドルベルトは穀物栽培と畜産が行われ、降水量の少ない東部のローベルトは牧草地となっており、牧畜が盛んである。

エイズ蔓延と治安悪化の影響で2008年の平均寿命は男41歳・女43歳である。2007年の15〜49歳のHIV感染率は約25%である。

肥沃な土地、温暖な気候、水・鉱物資源等の好条件に恵まれ、人口の8割は農林業に従事し、サトウキビ、綿花、トウモロコシ、柑橘類が栽培されている。地下資源ではアスベスト、石炭、鉄が産出される。主産業は農林業と産物を加工する、製糖、製材、パルプなど農業関連産業。

住民の1%程の白人が経済の実権を握り、私有地の大半を保有。一般国民の生活水準は低い。電力の約80%を南アフリカからの輸入に依存している。国王の散財癖は有名で、国家予算も著しく圧迫されている。かつて南アフリカでアパルトヘイトが実施されていた頃、経済制裁を潜り抜ける為に南アフリカの企業が進出し、工業生産や貿易を行っていた為、他のアフリカ諸国に比べれば工業の経済にしめる割合は高く、それなりに多角化された経済を持っている。

国王を国家元首とする君主国で、形式的には立憲君主制だが、実際には憲法で国王の強大な権力が保障されており、政府の要職の多くも王家が占める等、絶対君主制の様相を呈している。国王の位はドラミニ家により世襲される。司法、立法、行政の三権の上に立ち、軍隊の統帥権を持つ。国王の輔弼機関として王室諮問評議会が存在する。国王が幼少や病弱等の理由で政務を執る事が出来ない場合、王室の中から摂政が任命され、国王の権限を代行する。

この地域の歴史は、石器時代にさかのぼり、ブッシュマンが定着していた。その証拠として岩壁画が国内に広く分布している。16世紀にバンツー語系諸民族が南下してきた際、首長「ドラミニ」が率いるスワジ人は「ズールー人」に前進を阻まれ、「リトル・ウスツ地区」に定着した。この後も長い間ズールー人と争い続けた為に強力に訓練された軍隊ができた。19世紀には「スワジ王国」が誕生した。

19世紀中頃「ムスワジ2世」の時、ズールー人へ対抗する為にイギリスへ援助を求め、19世紀末にはトランスバールに拠るオランダ系ボーア人の侵略に悩まされ、イギリスの保護を得ようとした。1880年代には利権の為にヨーロッパ人がスワジ王「ムバンデニ」を訪れ、1888年ヨーロッパ人に自治憲章が与えた。1890年代にはイギリス「トランスバール」による共同統治を受け、その後スワジ人の反対を無視し「トランスバール」一国で統治した。

「ボーア戦争」が起きると、1902年にはイギリス高等弁務官領となるが、スワジ人独特の政治組織は残された。1921年には「ソブーザ2世」が白人からの土地奪回を図るも失敗。この体制は1963年まで続いた。1963年イギリス高等弁務官領から自治領となった。自治領ではイギリス女王の弁務官がスワジランド憲法により任命され、行政評議会、立法評議会が設置されると言うシステムがとられた。

1967年には保護領となり内政の自治を得た。そして1968年、スワジランド王国として独立した。

「スワジランド」の風景はこちら

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2015年05月22日 | 仕向地ミニ情報 | アフリカ一覧

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