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ワガドゥグー (OUAGADOUGOU) - ブルキナ・ファソ (BURKINA FASO)

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ワガドゥグー (OUAGADOUGOU) :

アフリカ、ブルキナファソの首都で同国最大の都市である。市域面積2,805平方`。2006年の人口は約148万人。同国の中央部(北緯12度20、西経1度40)に位置する内陸都市。

直径10`の盆地全体に街が広がる。標高316b。気候はケッペンの気候区分によるステップ気候である。1月の平均気温は24.9℃、7月は27.4℃。5〜11月が雨季となる。年降水量は730_。

11世紀に成立した「ワガドグ王国」の都として設立される。1441年には「モシュ帝国」の首都となった。16世紀頃には北方の「ソンガイ帝国」と豊富な砂金を産する南方の「アカン国」の中継点として栄えた。

「ワガドゥグー国際空港」があるほか、モシ鉄道で南西に向かうとコートジボワール最大の港湾都市アビジャンに、道路で東に向かうとニジェールの首都ニアメに接続する交通の要衝である。

同国の政治・経済・文化の中心地だが、産業は食品加工と繊維工業に限られる。市内にはワガドゥグー大学があり、西アフリカ諸国中央銀行本部等いくつかの近代建築物も見受けられるが、都市全体としては開発が遅れている。 

※「ワガドゥグー」の景色はこちら

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ブルキナ・ファソ (BURKINA FASO) :

西アフリカに位置する共和国。北にマリ、東にニジェール、南東にベナントーゴ、南にガーナ、南西にコートジボワールと国境を接する。面積274,200平方`(日本の約70%)。人口(2008年)15,757,000人。住民は、モシ人が約50%で、10%のプル族(フラニ人)、その他グルマンチェ族、グルンシ族、ボボ族、ロビ族などが暮らす。言語は、公用語がフランス語である。90%の国民がモシ語などスーダン系の言語を話している。首都はワガドゥグー。

西アフリカの内陸国で、国土はモシ高原を中心とした広大な高原状の地形で南に向かってゆるやかに傾斜している。「ボルタ川」沿いを除く全土にサバナが広がる。国土を「白ボルタ川」、「黒ボルタ川」が貫き、ガーナに至る。ケッペンの気候区分でいうサバナ気候の国である。国土の北部はサヘル地帯にあたり、砂漠化が少しずつ進行している。北部と東部は乾燥気候で、マリとの国境付近は砂漠気候となる。南西部はサバナ気候で、3〜5月の高温期には45℃まで上がる事があり、6〜9月は雨季で100〜250_の降雨がある。

農業国であり、全世界の生産量では粟がニジェール、マリに次ぐ6位、トウモロコシが10位を占める。14世紀頃からの金鉱の採掘は、続いており、2008年の5dから2009年には11d以上に伸びている。人口過剰の為、周辺諸国への出稼ぎが盛ん。特にコートジボワールのカカオ農園の労働者として多数のブルキナファソ人が働いているが、コートジボワール大統領だったコナン・ベディエの「イボワリテ」政策以降、労働条件が悪化。多数が帰国した。

11世紀に成立した「ワガドゥグー王国」が、19世紀末まで国家として残る。15世紀中頃、モシ族の王国が成立したが、その後は分裂・独立を繰り返していた。1896年にワガドゥグーにあった「モシ王国」がフランスの保護領となり、直後の1898年には現在のブルキナファソに相当する領域全体がフランス保護下に入った。 第二次世界大戦後の1958年、フランスの自治共和国となり、1960年、「オートボルタ共和国」として独立。1966年から数次にわたるクーデターが発生。1983年に「トーマス・サンカラ」が最後のクーデターを起こし、翌年国名を現在の「ブルキナファソ」に変更し社会主義路線を推進した。1987年、「ブレーズ・コンパオレ」がサンカラの独裁的社会主義路線をとる政権をクーデターで打倒、人民戦線議長(国家元首)に就任。1990年、複数政党制や大統領の直接選挙を柱とする憲法を国民投票にかけ、1992年に複数政党制による総選挙が実施され、大統領に選出された。

※「ブルキナファソ」の風景はこちら

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2012年12月23日 | 仕向地ミニ情報 | アフリカ一覧

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