仕向地ミニ情報 | アフリカ
国際輸送のエキスパート ジー・ティー・シー エイシア株式会社

ザンビア (ZAMBIA)

XML RSS

ザンビア (ZAMBIA) : 

公式国名、ザンビア共和国(Republic of Zambia)。旧名、北ローデシア。アフリカの南部にある共和国。面積、752,614平方`(日本の約2倍)。人口(2011年)、13,470,000人。人口密度、14人/平方`。2000年の人口推計が9,582,418人で、10年ほどで4割を超す急増加している。通貨は、ザンビア・クワチャ。首都は、「ルサカ」。その他の主要都市には、「キトウェ」「ンドラ」がある。

人種は、バントゥー系民族のトンガ人、ニャンジャ・チェワ人、ロジ人、ベンバ人、チェワ人、トゥンブカ人、ンゴニ人、カオンデ人、ルンダ人、Lovale、ララ人、ムワンガ族などが全体の99.5%を構成する。その他にもヨーロッパ人やアジア人、アメリカ人が0.5%ほど。言語は、公用語は英語で、その他に各民族の言葉(ベンバ語、トンガ語、ニャンジャ語、ムワンガ語など)が用いられる。宗教は、キリスト教が50〜75%、イスラム教とヒンドゥー教が25〜49%、伝統的宗教が1%である。

アフリカ南部に位置する共和制国家。イギリス連邦加盟国の一つである。かつてはイギリス領北ローデシアであった地域で、内陸国でありコンゴ民主共和国タンザニアマラウイモザンビークジンバブエナミビアアンゴラボツワナの8ヶ国に接している。

2012年に発表された世界平和度指数ランキングでは158か国中51位となり、アフリカで最も平和な国の一つとして評価されている。ザンビアと南隣のジンバブエとの国境に流れるザンベジ川には、世界三大瀑布の一つと称され、1989年にユネスコの世界自然遺産に登録されている落差108bの◆『ヴィクトリアの滝』があり、アフリカを代表する動物、ゾウ、カバ、キリン、シマウマ、ヌーも多く住み、大自然が大変よく残されている。

国土の大部分が標高900〜1,400bの高原でいくつかの河川が谷を刻んでいる。南部にザンベジ盆地を擁する。ナミビア、ボツワナ、ジンバブエとの国境を形成し、「ヴィクトリアの滝」があるザンベジ川は、国の西から東へモザンビークに流れ、一部アンゴラへの支流となる。リヴィングストンはこの滝に近い観光拠点である。北部の河川の一部はコンゴ川へと流れ込むものもある。ジンバブエとの国境に発電を目的とした人造湖「カリバ湖」がある。最北部の「タンガニーカ湖」はタンザニアとの国境で、南東端にカランボ川が流入し「カランボ滝」はアフリカ第2位の落差235bを誇る。

気候は、高地にあるため大部分が温帯夏雨気候で平均気温18〜24℃と凌ぎ易い。北部は亜熱帯性気候、南部はサバナ気候である。標高約1,200bの首都ルサカでは1月の平均気温は21℃、7月の平均気温は16℃である。乾期と雨期があり、乾季は5月〜8月で低温乾燥、9〜11月は高温乾燥、12月〜4月は雨季である。年降水量は500〜1,500_。

後発開発途上国(最貧国)の一つで、経済は世界的な銅の産地であるカッパーベルトを擁し日本の十円硬貨にもザンビアから輸入した銅が含まれている。他にも鉛、亜鉛などを産出していて、小規模ながら繊維工業なども存在するが、主力の銅生産は生産設備の老朽化や投資環境の未整備、銅価格の下落などにより不振が続いており、銅のモノカルチャーに近かったザンビア経済は長期低迷を続けている。農業は自給的で、商品作物としてはトウモロコシ、タバコ、落花生、牛など。しかし干ばつに襲われると輸入に頼ることになる。工業は食品加工や繊維が小規模に行われている程度である。

10世紀以降住民が定着し、諸王国が興亡した。1850年代にイギリス人探検家リビングストンが到着。1889年、世界のダイヤモンド市場を独占するデビアス社の創始者で、南アフリカの植民地化を進めた「セシル・ローズ」が興したイギリスの南アフリカ会社が「北ローデシア」として南ローデシア(現ジンバブエ)とともに管轄し、1911年以降はイギリスの保護領とされた。

1960年代に入って独立運動が活発化、1953年に現ジンバブエ等と結成していた連邦を1963年に解体し、1964年共和国として独立。

1970年代後半の銅価格低迷はザンビアの経済に大打撃を与え、1980年代経済的に低迷し続けた。国民は銅価格の低下に起因するザンビア経済の凋落に不満を示し、1986年12月には暴動が発生、1989年には複数政党制を要求する声が挙がり、1990年6月の暴動を経て同年7月には複数政党制民主主義運動(MMD)が結成された。1991年の選挙で与党UNIPはMMDに敗れ、2002年の選挙でもMMDの「レヴィー・ムワナワサ」が勝利し大統領に就任した。

ザンビアは独立以来中華人民共和国とは友好関係にあったが、1998年に起きた銅鉱山を買い取った中国人による労働組合設立の弾圧や、2006年の中国人の賃金未払いによる労働者デモに対し中国人監督が発砲し、46人が射殺された事件などでザンビア国民の対中感情は悪くなってきている。

ムワナワサは、2006年の大統領選挙でザンビアへの経済進出著しい中国と中国人の排斥を唱えた野党の「マイケル・サタ候補を制したが、任期中の2008年に死去し、その後の大統領選で「ルピヤ・バンダ」大統領代行が当選した。

2011年の大統領選にはバンダ大統領代行を破ったマイケル・サタ候補が当選したが、任期中の2014年10月にロンドンで死去。副大統領で白人の「ガイ・スコット」が暫定大統領に就任した後、「エドガー・ルング」が、選挙を経て2015年1月に第6代大統領に就任した。

「ザンビア」の風景はこちら

※それでは、GTC ASIAのFCL・LCLコンテナ小口混載(コンソリデーション)・国際複合一貫輸送サービスのご利用を宜しくお願い致します。

2017年04月10日 | 仕向地ミニ情報 | アフリカ一覧

Copyright 2007- GTC ASIA CORPORATION. All rights reserved