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マラウィ (MALAWI)

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マラウィ (MALAWI) : 

公式国名、マラウィ共和国(Republic of Malawi)。旧名、ニアサランド(Nyasaland)。アフリカ南東部、内陸の共和国。総面積、118,480平方`(北海道と九州をあわせた面積)。総人口(2012年)、15,910,000人。人口密度、100人/平方`。2000年推計の人口が、10,385,849人、2008年の推計では15,263,000人と増加している。首都は、「リロングウェ」

人種、バンツー系緒族でチェワ族が58%、ロンウェ族が18%、ヌゴミ族が13%に大別され、トゥンブーカ族(トゥンブカ族)ンゴニ族(アンゴニ族)、ヤオ族、ニャンジャ族、チポカ族、トンガ族、アマゴロゴロ族、ンセンガ族ズールー族コーサ族スワジ族ンデベレ族などに細分される。40程度の民族集団が存在するといわれるが、その輪郭は曖昧である。

言語は、国語はチェワ語であり、英語も公用語となっている。その他にも、ニャンジャ語、トゥンブカ語(トゥンブーカ語)、トンガ語、ヤオ語、マラウイ・ロムウェ語(ロムウェ語)、マクア語、マラウイ・セナ語(セナ語)、ランブヤ語、ンコンデ語(ニャキュサ語)、ニイカ語、その他諸部族語が話され、少数だがフランス語、スワヒリ語を話す人々も存在する。

宗教は、1998年のセンサスによれば、国民の79.9%がキリスト教(プロテスタント、カトリック、イスラム教)、12.8%がイスラム教、その他が3%、無宗教が4.8%である。キリスト教はカトリックよりもプロテスタント各派のほうが多い。マラウイのイスラムにおいてはムスリムはマラウイ湖畔や北部に比較的多い。

国土はほとんど高原上にある。マラウイ湖の面積が国土の20%以上を占めており、国土の1/5が湖や川などの水域である。「マラウイ湖」の南北の総延長は約560平方`あるが、幅は75`位しかない。面積はほぼ29,500平方`で、九州島の面積の約80%に当たる。最大水深は706b。湖は大切な漁獲資源を得る場であり、観光資源でもある。500種以上の魚類が生息しており、中でも「チャンボ」という魚が有名。その他、湖にはカワウソ・ワニ・カバ・様々な色鮮やかな鳥も生息している。

地方行政区分は、北部州、中部州、南部州の3州(Region)で構成され、更に20数の地域(District)に分かれている。主要都市としては、首都の「リロングウェ(Lilongwe)」、同国最大都市の「ブランタイヤ (Blantyre)」、北部の中心地「ムズズ(Mzuzu)」の3大都市がある。その他、同国第4の都市で1975年まで首都であった「ゾンバ(Zomba)」がある。主要な町としては、北部のカロンガ(Karonga)、中部にカスング(Kasungu)、サリマ(Salima)、デッザ(Dedza)、南部にはバラカ(Balaka)、リウォンデ(Liwonde)、マンゴチ(Mangochi)等がある。

アフリカ大陸南東部に位置する共和制国家で、イギリス連邦加盟国である。旧称はイギリス保護領ニヤサランド(Nyasaland、ニアサは湖の意)。アフリカ大地溝帯に位置する内陸国であり、アフリカ3番目の大湖「マラウィ湖」の西岸にある南北に細長い内陸国。東西の幅は90〜161`、南北の長さは900`に及ぶ。国土はほとんど高原上にあり、マラウィ湖が大きな面積を占める。北・北西をタンザニア、東・南・南西をモザンビーク、西をザンビアの国境と接している。

気候は、熱帯性気候だが高地ではしのぎ易い。或は熱帯モンスーン気候帯に属し、11〜4月の冬季が雨季で、5月〜10月までが乾季となる。降水量は、2,000_以上降るところから、南部の低地の800_程度まで様々である。気温は、夏が17℃〜29℃、冬は7℃〜23℃である。

通貨はマラウイ・クワチャ(クワッチャ)。補助通貨としてタンバラが存在し、1マラウイ・クワチャ=100タンバラである。また、中央銀行は「マラウイ準備銀行」である。

主要産業は農業であり、労働人口の80%以上が農業に従事している。自給作物としてトウモロコシ等が、農産輸出品として、タバコや砂糖などが生産されている。旱魃などのため収穫量が激減しており、国連世界食糧計画などが援助を行っている。2005年、ムタリカ大統領は食糧危機に対し緊急宣言を行った。2006年には世界銀行の統計によれば8%台の経済成長を遂げたが、依然として世界最貧国の一つである。

マラウィ湖での漁業が盛んで、工業は繊維、石鹸、製靴など日用品の軽工業が中心である。社会基盤の整備は未だ不十分であり、鉄道の路線は北部域へ通じておらず、道路の舗装率は50%以下、携帯電話の所持率も10%弱、インターネット普及率も低く、90%の地域には未だ電気が通っていない。

1850年代イギリス人が到達、1891年イギリスの保護領「ニアサランド」となった。1953年南北ローデシアと共にイギリス領中央アフリカ連邦に編入されたが、民族主義運動が高まり、1964年イギリス連邦内の自治国として独立し、1966年共和国となった。初代大統領に「バンダ首相」が就任、1971年に「終身大統領制」にして以来、独裁色を強めた。

1990年代に入って民主化要求が高まり、1993年終身大統領制を廃止、1994年には独立以来初の複数政党制による大統領選と議会選挙が実施され、「バリキ・ムルジ」大統領が誕生した。

2004年の選挙では民主進歩党の「ビング・ワ・ムタリカ」が大統領に当選し、2009年に再選。しかし2012年4月に急死し、副大統領の「ジョイス・バンダ」が昇格、マラウィ初の女性大統領となった。

しかし、2014年5月20日に実施された2014年の選挙で、ビング・ワ・ムタリカ元大統領の実弟で、民主進歩党の「ピーター・ムタリカ」が当選して第5代大統領に就任した。

マラウィ共和国内には、ユネスコに登録された世界遺産として、文化遺産と、自然遺産が1件づつ計2件が存在する。 

『マラウイ湖国立公園』: アフリカ大陸南西部にあるマラウィ湖を対象とする国立公園である。湖はマラウィ、タンザニアモザンビークにまたがるが、国立公園指定されているのは、マラウイ領内の湖の南端にあたるごく一部で、全面積のわずか0.3%程度を占めるに過ぎない。「湖のガラパゴス諸島」の異名をとる固有種の多さと進化の多彩さで知られ、特にシクリッドの数の多さは世界的にも類を見ない。1984年に、淡水湖としては初めて世界自然遺産に登録された。国立公園では、沿岸からの投網や底引き網の使用などは禁止されているが、小舟を繰り出しての漁は許されている。 

『チョンゴニの岩絵地域』: マラウィ中部デッザ県中部の地域である洞窟壁画や居住の痕跡をうかがわせる遺跡などが現存し、「チョンゴニの岩絵地域」の名で、2006年にユネスコの世界文化遺産に登録された。チョンゴニ森林保護区の区域内を中心に127の遺跡が確認されている。初期の狩人が描かれた絵画と、それ以降の農業的な主題の岩絵に分かれる。前者を描いたのは石器時代の「トゥワ(Ba Twa)」で、後者を描いたのは「チェワ族(Chewa)」である。チェワ人はこの地域の洞窟に住み、20世紀に至るまで、この地で岩絵群を蓄積してきた。

「マラウィ」の風景はこちら

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2017年01月01日 | 仕向地ミニ情報 | アフリカ一覧

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