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タイ王国・タイランド・泰(THAILAND)

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タイ王国・タイランド・泰(THAILAND): 

公式国名、タイ王国(the Kingdom of Thailand)。インドシナ半島の中央部を占める立憲君主国。面積、513,120平方`(日本の約1.36倍)。人口(2014年)、67,176,820人。人口密度、130.91人/平方`。2010年の推計人口が66,404,688人で、順調な増加を見せている。言語、タイ語。人種はタイ人が大部分で、ラオス人、中国人、マライ人クメール人などの少数民族がいる。首都府、バンコク

東南アジアのインドシナ半島の中央部とマレー半島の北部を占め、東方にはカンボジア、北方にラオス、西方にミャンマー(ビルマ)、南はマレーシアと国境を接している。

国教は小乗仏教、国民の95%が信仰する仏教徒で、男子は一生のうち一度は仏門に入り、修行するのが習慣。現在のタイは華人の移民が急増している。中国系企業や台湾系企業の進出により漢字が都市部では目立つ様になっている。

気候は、熱帯性気候で、雨が多くやや暑く曇りがちな南西モンスーン(5月中旬〜9月)の季節と、乾燥して涼しい北東モンスーン(11〜3月中旬)の季節がある。 南部の地峡はいつも暑く湿気がある。

天然資源は、スズ、ゴム、天然ガス、タングステン、木材、鉛、魚、石膏、褐炭、蛍石など。北部の山岳地方を除いて高原と平野が大部分を占める肥沃な国土を持ち、中央の心臓部を母なる川、チャオプラヤ川(メナム)が豊かに貫流しシャム湾に注ぐ、東南アジア随一の穀倉地帯。

チャオプラヤ川沿いにある河川港「バンコク港」は、永年にわたり首都圏の海の玄関口として活躍してきたが、1997年に130`南東に位置するタイランド湾に面した外港「レムチャバン港」に同国最大港の座を譲った。また、「バンコク・クローントゥーイ港」の東45`にあるラッカバン区には「ラッカバン内陸コンテナ・デポ」が設置されレムチャバン港と連動して活躍している。

初期の文明はタイ中央部の「モン族」の文明だと言われる。モン族がインド亜大陸から仏教をもたらした。12世紀、東方からの「クメール文化」、南方スマトラの「スリーヴィジャヤ文化」、北方タイの「Nan Chao国(現在の中国南部の市民)」とが混合。1238年、タイ族が「クメール王朝」の領土スコータイを制圧しタイ族最初の「スコータイ王朝」を興した。一方北部では、1296年、チェン・マイを首都として、「ランナー・タイ国」が建設され栄えたが、1556年、ビルマとの戦いに敗れ滅亡。

アユタヤーでは、1350年、「アユタヤー王国」が興り、1378年、スコータイを属国とし、400年以上栄えた。16世紀、18世紀にはビルマの侵略があった。1767年、シャムの「タークシンが王朝」を興した。1782年、現在の「チャクリ王朝」が創設され、首都をバンコクに移した。19世紀、シャムは、ヨーロッパの侵略からなんとか独立を保った。1932年、タイは絶対王政から立憲君主制へ移行。1939年、国名をシャムからタイと改名。

第二次世界大戦中は日本軍が占領。戦後、タイは軍部により支配され、20回以上のクーデターが発生。1979年の民主選挙後は、長期間の安定と繁栄を見た。しかし1991年2月、軍事クーデターにより政権が倒され、1992年5月、軍部内閣が成立したが、市民は抗議集会とデモを連日開催し、軍・警察が発砲、死者50人といわれる流血事件が発生し、プミポン国王の仲裁により収まった。

1997年に始まったアジア通貨危機により経済は一時的に停滞したものの、その後急激な回復を見せ、中国系企業の進出も増え、再び高い経済成長率を維持しており、東南アジアにおける代表的な工業国としての立場を保ち続けていた。しかし、2006年頃からの『タクシン派』と『反タクシン派』との政治的対立が激化するようになり、クーデターが発生するなど政情不安が続いている。

2006年に軍事クーデターが発生し、タイ王国憲法による民政が停止され、タクシン・チナワット政権が崩壊。直ちに陸軍大将の「ソンティ・ブーンヤラッガリン」を中心とする軍事政権が発足した。同年、暫定憲法が公布され、「スラユット・チュラーノン」が首相に着任。

2007年8月には、2007年タイ王国憲法が公布され、民政復帰が開始された。2007年12月に下院選挙が実施され、2008年1月に選挙の結果を受け、クーデターで政権を追われたタクシン派の文民である「サマック・スントラウェート」元バンコク都知事が首相に就任した。

しかし、同年9月に反タクシン元首相派寄りとされる憲法裁判所は、サマック首相の民放テレビ出演を違憲として、サマック首相を失職させる司法クーデターを起こした。10月にはタクシン元首相の義弟である「ソムチャーイ・ウォンサワット」が首相に就任したが、再び憲法裁判所は、前年からの選挙違反を表向きの理由にして、与党の「国民の力党」に解党命令を出し、ソムチャイ首相も失職させた。

これにより、同年12月、野党の民主党が総選挙を経ずに政権を獲得し、「アピシット・ウェーチャチーワ」 が首相となる。これ以降、2009年〜2010年頃には、タクシン元首相派(通称赤シャツ隊)を中心とする市民による総選挙を求める大規模なデモが起きたが、アピシット政権はデモを徹底的に弾圧し、2010年4月10日(土曜日)タクシン元首相派の市民ら約10万人(警察推計)の抗議デモに対し、タイ王国軍が発砲し、2,000人以上の死傷者を出した「暗黒の土曜日」が起きた。

この事件が、アピシット政権崩壊の発端となり2011年に実施された総選挙では、タクシン派の「タイ貢献党」が大勝し、タクシン・チナワットの妹である「インラック・シナワトラ」が首相に就任したが、2013年下旬からは約5年ぶりに反タクシン派の武装デモ隊による反政府デモが発生し、2014年5月、憲法裁判所はインラック政権の政府高官人事を違憲として、インラック首相を失職させる司法クーデターを起こした。

2014年5月22日、国軍は軍事クーデターを決行し、インラック前首相や「ニワットタムロン・ブンソンパイサン」首相代行など、政府高官を相次いで拘束し憲法と議会を廃止して実権を掌握すると、陸軍大将の「プラユット・チャンオチャ」を首班とする軍事政権の樹立を宣言した。

2015年、タイ王国は政治改革のため腐敗防止法及び関連法を改正し、腐敗行為に関与した場合は外国人でも死刑の対象となりうること、また国外逃亡した腐敗行為者に関する公訴時効を10年延長し20年とすることを定めた。この時点ではタクシン元首相はタイ国外におり、またインラック元首相については処分保留とされている。

「タイの大洪水」: 2011年に起きたのタイの大洪水は、モンスーン期が過ぎた後、台風第8号(アジア名、ノックテン)がベトナム北部へ上陸した事から始まった。台風はタイ北部・東北部で多量の降雨をもたらし、多くの県で7月31日から鉄砲水が発生し、中部高地の県でも、川が氾濫し、洪水が広がった。

9月19日までに、バンコクと北側の県境を含むほぼ全ての中部低地が洪水による影響を受け、水田が水没した。9月末〜10月初頭には、更に3つの台風がインドシナ半島に上陸、タイ国内の大部分のダムか、容量を超えた。増水した水が市境を超える程に悪化し、アユタヤ歴史公園に浸水、市民は避難を余儀なくされ、主要な工場と国中の製造業のサプライチェーンが破壊された。

増水した水が下流へ流れ出すのに伴い、10月中旬から終わりにかけて首都バンコクの中心部でも冠水が広がり、タイの行政機構に大きな影響を及ぼした。11月6日には、バンコク東部のバーンチャン工業団地内部まで浸水した。政府はバンコク近郊で運河にる排水を進め、11月17日に、インラック首相は数日内に洪水被害が和らぐ可能性を示唆した。12月23日、スクムパン・バンコク都知事が、バンコク都内のほぼ全域で22日に排水作業を完了したと発表し、洪水の終息を宣言した。

どこへ行っても燦然と輝く寺院が目に入り、黄色の僧衣をまとったお坊さんに出会う。南国情緒あふれる豊かな自然、歴史を感じさせる数々の遺跡、金色の寺院、豪華な衣装と優雅な指の動きをする古典舞踊、ビーチリゾートとタイの観光はバラエティーに富む。

タイ王国内には、ユネスコの世界遺産に登録された文化遺産が3件、自然遺産が2件ある。それらの概要は、 

◎『文化遺産』: ◆『スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町』: タイ政府の歴史公園法により整備された「スコータイ歴史公園」「シーサッチャナーライ歴史公園」「カムペーンペット歴史公園」の3つの歴史公園が1991年に登録されている。 ◆『古都アユタヤ』: アユタヤにある「アユタヤ王朝」の遺跡群で、周辺の遺跡と共に1991年も登録されている。 ◆『バーンチエン遺跡』: 1992年に登録。タイ・ウドーンターニー県にある古代文明の遺跡で、土器を中心に動物の骨なども見つかっており、黄河文明・メソポタミア文明とは違った、東南アジア独自の文明として注目を集めている。土器には独特の渦をもった幾何学模様を持つものがあり広く知られる。紀元前数千年というタイの有史以前の時代のものであり、文明の主である民族は今のところ不明とされている。 

◎『自然遺産』: ◆『トゥンヤイ=フワイ・カーケン野生生物保護区』: タイ・中部にある「トゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区」「フワイ・カーケン野生生物保護区」の2つの野生動物保護区を合わせた地域の総称で、1991年に登録されている。 ◆『ドンパヤーイェン-カオヤイ森林地帯』: 2005年に登録。タイバンコク北東部に広がる森林地帯である。サラブリー県東部からナコーンナーヨック県、プラーチーンブリー県、サケーオ県北部、およびナコーンラーチャシーマー県、ブリーラム県南部をまたいでカンボジア国境まで広がる広大な森林地帯であり、カンチャナブリー県、ターク県等に広がる「西部森林地帯」に対して東部森林地帯と呼ばれることもある。

「タイランド」の風景はこちら

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2017年02月07日 | 仕向地ミニ情報 | アジア一覧

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