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グルジア = ジョージア (GRUZIYA = GEORGIA)

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グルジア = ジョージア (GRUZIYA = GEORGIA) :

西アジア北端、南カフカース地方に位置する共和制国家。面積、69,700平方`。人口(2008年)、4,260,000人。人口密度、67人/平方`。旧ソビエト連邦の構成国の一つで、1991年に独立した。東ヨーロッパに含められることもある。ソビエト連邦の独裁者「ヨシフ・スターリン」の出身地でもある。「南オセチア」と「アブハジア」が独立状態となっており、ロシア等一部の国から承認を受けている。日本国政府は2015年4月22日からジョージア(GEORGIA)へ呼称を変更している。

首都は「トビリシ」。その他主要都市として、「スフミ:港湾都市」、「バトゥミ:港湾都市」、「ムツヘタ」、「ボルジョミ」、「テラヴィ」、「ポチ: 港湾都市(貿易港・軍港)」、「ガグラ - 観光都市」がある。行政区画は、二つの自治共和国(アブハジア、アチャラ)を含む11の地方からなり、更に66の地域に分かれる。

しかし、国内には、北西部に「アブハジア(首都、スフミ」)、南西部に「アジャリア(首都、バトゥミ)」、「南オセチア共和国(首都、ツヒンヴァリ)」、一部地域を除いてグルジア政府の統制は及んでおらず、事実上独立した状態となっている。

「カフカース山脈」の南麓、「黒海」の東岸にあたる。北側にロシア、南側にトルコアルメニアアゼルバイジャンと隣接する。古来より数多くの民族が行き交う交通の要衝であり、幾たびもの他民族支配にさらされる地にありながら、キリスト教信仰をはじめとする伝統文化を守り通してきた。また、温暖な気候を利用したワイン生産の盛んな国としても知られる。ウクライナの主導で発足した「GUAM」にも加盟している。

カフカース山脈を中心に国土の大部分が山岳地帯である。最高峰は「シュハラ山(標高5,201b)」。200`離れた「カズベギ山(標高5,074b)」が第2の高山で唯一の火山である。この間に2,100もの氷河がある。カフカース山脈に沿ってロシア連邦と723`の国境を接し、クラスノダル地方、カラチャイ・チェルケス共和国、カバルダ・バルカル共和国、北オセチア共和国、イングーシ共和国、チェチェン共和国等のロシアの民族共和国と接する。その為グルジアは古くから紛争の影響を受けやすく、アブハジア自治共和国、南オセチア自治州、「パンキシ渓谷」等、中央政府の支配権の及ばない地域がある。特にチェチェン共和国と接するパンキシ渓谷を中心にチェチェンゲリラの巣窟となっている等の問題がある。

グルジアは山脈によって地方が分けられ、東部は歴史的に「イベリア」と呼ばれた一方、西部は「コルキス」と呼ばれていた。また山脈は、北部地域のスヴァネティを分けている。これらの山脈を源として「リオニ川」「クラ川」等の主要な河川がある。アブハジアにある「ボロニア洞窟」は世界で最も深く、深度2,140bに達する。

山岳地帯が多いため狭い国土の割りに気候は多様性に富んでいる。標高5,000bを超えるカフカス山脈がロシアからの寒気団を遮断する役割を担っている為、国土の大半は比較的温暖な気候であり、温暖湿潤気候に属する。黒海沿岸部は最も温暖で、その温暖な気候を生かした「グルジアワイン」の生産地として有名である。山岳地帯は多雨地帯であり降水量は4,000_以上に達し、冬場の積雪は2bに達する。首都トビリシ等が位置する国土の東部はより大陸性気候に近くなり、年間降水量は400〜1,600_程度と西部に比べると比較的乾燥していて冬の寒さはより厳しくなる。

グルジア国内には、ユネスコの世界遺産に登録された文化遺産が3件存在する。それらの概要は、 

『ムツヘタの文化財』: 人口(2004年)は、7,600人の古都で、首都トビリシから北西に20`に位置する。クラ川とアラグヴィ川の合流地点の近くに広がる町である。ムツヘタは、5世紀の王「ワフタング1世(ワフタング・ゴルガサリ)」がトビリシに遷都するまで、「イベリア王国(紀元前3世紀〜6世紀)」の首都であった。町を見下ろす山上に位置する6世紀の「ジワリ修道院」と、町の中心に位置する11世紀の「スヴェティツホヴェリ教会」が有名。スヴェティツホヴェリ教会には、337年にキリスト教を国教化した王ミリアンとその妻ナナの墓がある。ムツヘタの町全体が、1994年世界遺産に登録されている。付近には、紀元前3世紀の「アルマジ砦」等、多くの遺跡が分布している。 

『バグラティ大聖堂とゲラティ修道院』: §「スヴェティツホヴェリ教会」は、11世紀に建造されたグルジアの大聖堂である。生神女就寝祭を記憶している。イメレティ地方の古都クタイシに建てられた大聖堂で現在は廃墟となっているが、グルジアの中世建築史における傑作として伝えられている。また、§「ゲラティ修道院」は、グルジア西部のイメレティ地方のクタイシ郊外にある修道院で、1106年にグルジア王「ダヴィド4世」によって創設された。ゲラティ修道院は長い間グルジアにおける知的・文化的な中心地の一つとして機能していた。この修道院にはアカデミーがあり、グルジアを代表する科学者、神学者、哲学者達を擁していた。彼等の多くは、それ以前に外国の様々な正教会系修道院で活動していた者達で、コンスタンティノポリスのthe Mangan Academyにいた者達も含まれていた。ゲラティ・アカデミーによって実現した広範囲な業績によって、当時の人々は「新しいヘラス」や「第二のアトス」と呼んだ。12〜17世紀にかけての膨大な量の壁画や写本が収蔵されている。また、創設者でもあるグルジア史上の偉大な王の一人ダヴィドの亡骸も安置されている。それらは、共に1994年に文化遺産として登録された。 

『上スヴァネティ』: グルジア北西部に位置する歴史的な地域名である。グルジア人に含まれる先住民族であるスヴァン人(Svans)たちが暮らしている。歴史的に上スヴァネティ(今日のMestia Raioni)と下スヴァネティ(今日の Lentekhi Raioni)に分かれ、前者の建造物群と文化的景観が、1996年に世界遺産に登録されている。

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2015年06月16日 | 仕向地ミニ情報 | アジア一覧

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