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マレーシア (MALAYSIA)

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マレーシア (MALAYSIA) : 

正式名、マレーシア。東南アジアのマレー半島(マライ半島と)南部とボルネオ島北西部サバ、サラワクからなる連邦立憲君主制国家。面積32万9,747平方`(日本の約0.87倍)。人口(2008年)、2,746万8千人。大半がマレー系と中国系、その他の多民族国家。ASEANの一員。イギリス連邦加盟国である。宗教は、イスラム教「マレー系」、仏教「中国系」、ヒンドゥ教「インド系」、イスラム教、キリスト教で、それぞれの民族が持つ生活習慣が融合し独特な文化を生み出している。タイ、インドネシア、ブルネイと陸上の国境線で接しており、シンガポール、フィリピンと海を隔てて近接する。

13州(「マレー半島」に「ジョホール州」、クダ州、クランタン州、ムラカ(マラッカ)州、ヌグリ・スンビラン州、パハン州、「ペナン州」、ペラ州、プルリス州、「スランゴール州」、トレンガヌ州の11州があり、「ボルネオ島」に「サバ州」「サラワク州」の2州)と、「ラブアン」等、3つの連邦直轄領から構成される。主要都市は、クアラルンプール「ジョホール・バル」「ジョージタウン」、イポー、「コタキナバル」、ムラカ(マラッカ)、バターワース、アロースター、「クラン(ポート・ケラン)」「サンダカン」、ミリ、「クチン」、クアラ・トレンガヌ、「ビンツル」「バタワース」など。首都クアラルンプール

3世紀、マレー半島は、カンボジアの「フーナン国」、8世紀頃からスマトラの「シュリービジャヤ王国」やジャワの「マジャパヒト王国」の領土だった。13世紀、イスラム教が伝来し、仏教とヒンドゥー教の時代が終わった。1400年、「マラッカ王国」が成立。1511年、ポルトガルがマラッカを占領。1542年、マラッカからポルトガルの鉄砲が日本に伝来した(鉄砲伝来)。1549年、イエズス会の「フランシスコ・ザビエル」がマラッカを出発し日本到着。

1641年、オランダがマラッカを占領。1777年、隣国「シャム (現、タイ) 」のソンクラー国主に福建省漳州府海澄県出身の華僑「呉譲」が就任。以後、ソンクラー国を拠点としてシャム軍がマラッカへの侵略の動きを見せ始める。1786年 シャムの攻撃を恐れた「クダ・スルタン国」は、イギリスの兵力援助の約束と引き換えに、イギリス東インド会社にペナン島を賃貸した。東インド会社は、中国やインドからの移民増加政策を行った。

1791年、シャムが隣国の「パタニ王国 (現、タイ深南部三県) 」まで攻めて来た為、イギリスに派兵を要求したが断わられ5年間騙されていた事に対し、1万人の大軍でペナン島回復戦を計画したが、ペナンを取り返すどころか対岸の拠点「セベラン・ペライ」を奪われて仕舞い、ペナンをイギリスに明け渡した。

1795年には、イギリスがマラッカを獲得。1819年、イギリスはシンガポールの地政学上の重要性に着目し「ジョホール王国」の内紛に乗じてシンガポールを獲得。

1821年、クダ・スルタン国はシャムに征服され、統治された。1824年、イギリス・オランダ両国で、マレー半島 の勢力範囲を定めた「英蘭協約」を締結し、ペナン・シンガポール・マラッカのマレー半島が英領植民地となり、1826年、イギリスとシャムが「バーニー条約」を締結し、イギリス領マラッカ海峡の植民地が成立。

1840年、英国極東艦隊がシンガポールから阿片戦争へ出撃、サラワクの反乱の鎮圧に協力。1841年、「サラワク王国」が「ブルネイ・スルタン国」から独立。1842年、英国極東艦隊の「ジェームズ・ブルック」がサラワクの国主となる。1855年、イギリスとシャムが通商貿易に関する「ボーリング条約 (不平等条約) 」を締結。1874年、イギリス領マラヤが成立。1882年、阿片戦争で有名なデント商会のデント兄弟が北ボルネオのスールー王国とブルネイ王国の統治を開始し、1888年、イギリス保護国北ボルネオが成立。1909年、「英泰条約」で「クダ・スルタン国」はイギリスに移譲されイギリス領マラヤになる。

1941年、日本軍がコタバル近郊に上陸、太平洋戦争の開戦。1942年、日本軍がマラヤ全域を占領。戦後の1946年にイギリスは「マラヤ連合」と改称し、1947年、マラヤ連邦を、イギリス領植民地の集合体とし、1948年クダ州もマラヤ連邦に加入。1957年、マラヤ連邦が独立。

1963年、シンガポール、北ボルネオ、サラワクがマラヤ連邦と統合し、マレーシアが成立。1965年、シンガポールがマレーシアから独立。1968〜1989年、共産主義者の反乱が続く。1969年、総選挙が実施されたが、マレーシア史上最悪のマレー人と中国人の民族衝突「5月13日事件」が起きる。1984年、サバ州沖合のラブアン島が連邦直轄領になる。

マレーシア国内には、ユネスコの世界遺産に登録された文化遺産が1件、自然遺産が2件ある。

◎『文化遺産』: ◆「マラッカ海峡の歴史的都市群、マラッカとジョージタウン」: マレー半島とスマトラ島(インドネシア)を隔てる「マラッカ海峡」と、マレーシアの港湾都市「マラッカ」、ペナン島のジョージタウンの歴史的都市群が、2008年に登録。

◎『自然遺産』 : ◆『キナバル自然公園』: ボルネオ島のマレーシア領内、北端部のサバ州にあるキナバル山を含む、3つの山を中心とした山域の保護を目的とした自然公園が、2000年に登録されている。キナバル公園、キナバル国立公園とも呼ばれる。 ◆『グヌン・ムル国立公園』: ボルネオ島のマレーシア領内、北部にあるムル山の山域の保護を目的とした自然公園が、2000年に登録されている。「グヌン」は、現地語で山の意味なので、「ムル山国立公園」という日本語表記もある。

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2013年05月24日 | 仕向地ミニ情報 | アジア一覧

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