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トルクメニスタン (TURKMENISTAN)

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トルクメニスタン (TURKMENISTAN) :

トルクメン語名「Türkmenistan / Түркменистан」。中央アジア南西部に位置する共和国。面積、488,100平方`。人口(2012年)、5,200,000人。人口密度10人/平方`。西側でカスピ海に面し、アフガニスタンイランウズベキスタンカザフスタンと国境を接する。首都はアシガバート

トルクメニスタンの地方行政は、首都のアシガバート市と、アハル州(Ahal)バルカン州(Balkan)ダショグズ州(Daşoguz)レバプ州(Lebap)マル=マリ州(Mary)の5州(ベラヤト)から構成されている。

人口(2014年)上位10都市は、 1.アシガバート(1,031,992人)首都、 2.テュルクメナバート(279,765人)レバプ州・州都、 3.ダショグズ(245,872人)ダショグズ州・州都、 4.マル=マリ(126,141人)マル州・州都、 5.セルダル(93,692人)バルカン州、 6.バイラマリー(91,713人)マル=マリ州、 7.バルカナバート(90,149人)バルカン州・州都、 8.テジェン(79,324人)アハル州、 9.マグダンリー=マグダニリー(68,133人)レバプ州、 10.トルクメンバシ(45,900人)バルカン州・州都。

その他の都市として、アーバーダーン、ケルキ、アタムラート、クフナ・ウルゲンチ、セルヘタバート、ヨロテン、アナウ(アハル州・州都)がある。

カラクム砂漠が国土の85%を占めており、国民のほとんどは南側のイランとの国境地帯にあるコペトダグ山脈沿いの都市に住んでいる。国境線の長さは3,736`。ウズベキスタンとの国境付近に「アムダリヤ川」が流れており、そこから「カラクム運河」が分かれていて、灌漑農業などに利用されている。

ほぼ全域が砂漠気候で、夏は40〜50℃、冬は0℃以下まで下がる等、夏と冬の寒暖の差、日中と夜間の寒暖の差が激しい。昼と夜で20℃を超える温度差になる事もある。夏季に雨はほとんど降らない。豊富な石油や天然ガスを埋蔵する。

人種(2003年)は、トルクメン人85%、ウズベク人5%、ロシア人4%、その他6%。言語は、公用語はトルクメン語だが、トルクメン語72%、 ロシア語12%、ウズベク9%等が話されている。トルクメン人でも長く都市部に住んでいる者やエリート等の中には、ロシア語を話し、トルクメン語が満足に話せない者もいる。宗教は、イスラム教スンニ派が大多数。正教会も一部存在する。

ソ連からの独立を果たし「ニヤゾフ大統領」による独裁が長く続いたが、その後は開放路線を歩んでいる。ニヤゾフ時代は完全な独裁体制で、欧米からは「中央アジアの北朝鮮」と言われた。黄金のニヤゾフ大統領像は高さ14bで、太陽を追って回転する。言論の自由はなく、インターネットの一般利用も禁止されていた。

主な産業は、天然ガス、石油、綿花栽培、繊維工業。特に天然ガスは狭い国土にもかかわらず世界第4位の埋蔵量の資源国である。これらの資源の輸出により潤沢な資金流入がある為、独裁国家時でも珍しく国民は非常に裕福といわれた。失業率は30%前後と高いが、経済が豊かな事と、政府の治安維持が行き届いている為、とても治安は良く、近隣諸国と違いテロ事件等もおこっていない。

経済は潤沢な資源のおかげで高成長を見せている。更に、食料品・日用品や住居等の物価が低く抑えられている他、教育・医療費・電気やガス・水道等が無料である。この為、実質的な収入金額以上に国民生活は安定している。

他の中央アジア諸国と比べ、鉱物資源に乏しく、金属鉱物資源は採掘されていないが、有機鉱物資源、特に天然ガスに恵まれ、2002年時点の天然ガス産出量は世界シェアの2%に達した。輸出額に占める天然ガスの割合は2000年時点で49.7%。原油(802万d)にも恵まれている。輸出額に占める石油製品と原油の割合は合計30.2%である。なお、石炭はほとんど採掘されていない。

紀元前2〜3世紀頃、現在のアシガバードの位置に小さな集落があったが、その後「サーサーン朝ペルシア」の領地となった。6世紀には「遊牧のトルコ系民族」の領地となり、7世紀から「ウマイヤ朝」および「アッバース朝」の領地。

9世紀から「サーマーン朝」、「セルジューク朝」、「ガズナ朝」、「ホラズム王国」等の領地。13世紀に「モンゴル帝国」が侵攻。「イル・ハン国」や「ティムール朝」の領地となる。16世紀以降、「ヒヴァ・ハン国」、「ブハラ・ハン国」、「サファヴィー朝」等に絶えず侵略された。

1869年、「帝政ロシア軍」が侵攻し、1882年に帝政ロシアの「ザ・カスピ州」とされた。1880年にザ・カスピ鉄道が開通。ロシア向け綿花栽培の拡大し、1910年頃よりロシアの綿工業の原綿の供給地の役割を果たす(今も繊維工業や綿花栽培は主要な産業となっている)。

1916〜1918年に反ロシア大暴動「バスマチ運動」が起き、1924年「トルクメン・ソビエト社会主義共和国」としてソ連構成国の1つとなったが、農業集団化に反発した遊牧民の抵抗が1936年頃まで続いた。

1990年に主権宣言を行い、直接選挙による大統領選で単独候補の「サパルムラト・ニヤゾフ」最高会議議長が98.8%の得票率で当選した。1991年の国民投票でソ連からの独立に94.1%が賛成し、翌10月独立し、最高会議が大統領権限を強めた新憲法を採択。1992年ロシア・CIS諸国との集団安全保障条約の署名を拒否。大統領選でニヤゾフが99.5%の支持で再選。

1995年、国連総会において「永世中立国」として承認された。ニヤゾフは独裁体制をしき、2002年8月には終身大統領なった。同年11月25日、アシガバートで大統領の車列が銃撃を受け、警護員1人が重傷。その後ニヤゾフは、2006年12月21日未明に66歳で死去した。

約2ヶ月後の2007年に大統領選が行われ、89.23%の得票率を獲得した「グルバングル・ベルディムハメドフ」大統領代行が、正式に第2代大統領に就任してる。

アシガバード郊外には、人類最古の農耕集落遺跡の「アナウ遺跡」、紀元前2〜3世紀頃の「パルティア王国(安息国)」の発祥地とされる「ニサ遺跡」。また、「メルヴ(メルブ)遺跡」といった「シルクロードの遺跡」が有名だが、観光業が重視されておらず、あまり発展していない。観光ビザの取得手続きも煩雑であるが、物価はとても安く滞在しやすい。日本からでは、シルクロードトラベルインフォメーションセンターが渡航の手配をしてくれる。

それらの遺跡は、以下の名称で、ユネスコの世界(文化)遺産に登録されている。 ◆『国立歴史文化公園“古代メルフ”』 : カラクム砂漠の中にある中央アジア最大の遺跡。トルクメニスタンではマル(またはマルイ、マリ、マリイ)と呼ばれている。1999年、トルクメニスタン初の世界遺産に登録された。 ◆『クフナ・ウルゲンチ』 : 旧ウルゲンチとも訳出されるトルクメニスタン北東部にある人口約3万人の都市である。ウズベキスタンとの国境線に位置し、新ウルゲンチと呼ばれる現在のウルゲンチは、ウズベキスタンの都市となっている。12世紀には、ホラズム・シャー朝の首都であった。2005年に、世界遺産に登録された。 ◆『ニサのパルティア王国時代の城塞群』 : トルクメニスタン南西部に残るパルティア王国時代の都市遺跡である。王の建造物群のあった旧ニサと民衆の居住地区であった新ニサとから構成される2つの遺丘で、いずれも城壁に囲まれ、互いに1.5`程離れている。これら2つの遺丘は、2007年に世界文化遺産に登録された。

『地獄の門』: トルクメニスタンのダルヴァザ付近の地下には豊富な天然ガスが埋蔵されている。1971年に旧ソ連の地質学者がボーリング調査をした際、ガスを発見する事が出来たものの、その過程で落盤事故が起き、採掘作業用の装置が置かれていた場所もろとも直径50〜100bにもなる大きな穴が開いてしまった。有毒ガスの放出を食い止める為、仕方なく点火する事になったが、可燃性ガスが地下から絶え間なく吹き出る為、延々と燃え続ける事態となった。

後にこの穴を住民は「地獄の門」と名づけた。現時点ではこの天然ガスの燃焼を食い止める事は技術的にとても困難と判断され、また、天然ガスの埋蔵量自体が不明な為、今後いつまで燃え続けるのかもよく判っていない。現在でも消火する為の解決手段は無く依然として燃え続け、一種の観光名所となっている。

2010年になり、トルクメニスタンが天然ガスの増産を計画するなか、グルバングル・ベルディムハメドフ大統領が現地を視察し、穴を封鎖または周囲のガス田開発の為に対策を立てるように指示したという報道がある。

「トルクメニスタン」の景色はこちら

※<ただ今、トルクメニスタン向けは、FCL貨物の輸送サービスのみとなっておりますので、ご了承下さい。FCLサービスのご利用をお待ちしております。>

※それでは、GTC ASIAのFCL・LCLコンテナ小口混載(コンソリデーション)・国際複合一貫輸送サービスのご利用を宜しくお願い致します。

2017年01月16日 | 仕向地ミニ情報 | アジア一覧

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