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チェンナイ = チェナイ (CHENNAI) 

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チェンナイ = チェナイ (CHENNAI) : 

旧名「マドラス(MADRAS)」。南インドの東側、コロマンデル海岸沿いの港湾都市で、ベンガル湾に面する「タミル・ナドゥー(タミール・ナドゥー)州」の州都。チェナイ県とチェナイ市がある。都市面積1,180平方`。インド4大都市の一つで、人口は、468万人。2011年の都市圏人口は、769万人であり、同国第4位。 1996年に正式に「マドラス」から改名された。南アジア各国との交通に便利な南インドの玄関口である。南インドの政治、経済、文化、商工業の中心地で「南アジアのデトロイト」、「インドの健康首都」、「インド銀行業の首都」の異名を持つ。自動車産業、情報技術産業、ビジネス・プロセス・アウトソーシング業が盛んである。

チェンナイ港を擁しており、また北隣にある「イェンヌール港」も、チェンナイの港として機能している。港の規模は国内第二で、自動車や機械類などを総合的に扱っている。一方イェンヌール港は、石炭や鉱石などの積荷を扱っている、国内第12位の港である。「ローヤプラム」には、地域の漁民と漁船が利用する漁港がある。

「チェナイ港」の航空写真:

コンテナ船バース・ターミナルの航空写真:
「Chennai Container Terminal」:

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「PSA's Chennai Container Terminals」:

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「イェンヌール港」の航空写真:

他市に劣らず外資の誘致に積極的である。市の郊外には産業振興地域をつくり、ヒュンダイ、フォード日産自動車といった自動車メーカーとその関連企業が進出している。インド最大のタイヤメーカーであるMRFタイヤの本社も同地に所在する。また、IT関連企業の進出もさかんで、最近はノキアが新工場を建設している。イギリス植民地時代の建物が多く、教会、城塞、寺院の地、市の南のビーチは海水浴場になっている。

マイラーップールにある「カパーリーシュヴァラル寺院」は、パッラヴァ朝の王により7世紀に建立された。周辺は、1世紀頃から都市として存在し、「パラヴァ朝」、「チョーラ朝」、「パーンディヤ朝」、「ヴィジャヤナガル朝」等の諸王朝に治められていた。特にマイラーップール周辺は、「パッラヴァ朝」の主要な港として重要な位置にあった。

1522年「ポルトガル」がこの地に要塞を建設し、この地に到って活動し死去したと伝説されるキリスト教のイエスの使徒の一人聖「トマス」に因んで、「サン・トメ要塞」と名付け、この地域を「マドラス」と称して支配した。1612年には「オランダ東インド会社」がその北の「プリカット」に商館を構えた。1639年「イギリス東インド会社」が地元の領主からその中間の土地を取得し、1640年「セント・ジョージ要塞」を建設し、徐々に市街地が広がっていくことになった。

1746年、「モーリシャス」の総督であったフランスの将軍「ラ・ブルドネ」が侵攻し、セント・ジョージ要塞とマドラス市街および周辺村落を占領したが、1748年「オーストリア継承戦争」の結果結ばれた「アーヘン和約」に基づき、1749年イギリスはマドラスの支配を回復した。この経験によってイギリスは要塞の規模を拡張し、更なるフランスの侵攻およびマイスールのスルタンである「ハイダラーリ」の侵攻に備え、この要塞を拠点として、18世紀末までにイギリスは現在の「タミル・ナードゥ州」、「アーンドラ・プラデーシュ州」、「カルナータカ州」にあたる地域に勢力を拡大し、マドラス管区を設置してマドラスをその首府とした。

イギリス支配の下で、マドラス管区の中枢として、また海軍基地として発展した。19世紀後半の鉄道敷設に伴い、「ボンベイ(現、ムンバイ)」や「カルカッタ(現、コルカタ)」等の他の重要都市や内陸の諸地域と連結した。第一次世界大戦中には、石油貯蔵庫がドイツの軽巡洋艦に砲撃され、中央同盟国によって攻撃されたインドにおける唯一の都市となった。

1947年の独立後、マドラス州の州都となり、1965〜1967年には、インド全土のヒンディー語公用語化に反対する拠点となる。1968年にマドラス州はタミル・ナードゥ州となり、その州都としてとどまる。「スリランカ内戦」に伴い、時折政治的な暴力事件が発生する。1984年に「タミル・イーラム解放の虎」によって空港に仕掛けられた爆弾により33人が殺害された事件を始め、1991年には「イーラム革命的解放人民戦線」のメンバー13人と民間人2人が殺害される等の事件が発生している。これに対し当局は断乎とした処置を行い、以降マドラスでは目立ったテロリストの活動は見受けられない。

1996年8月、都市名のマドラスは、ポルトガルの支配に由来する名前であるとして、チェンナイに改められた。2004年にはインド洋大津波の被害に見舞われ、多数が死傷、海岸線も変化した。

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※ 「タミル・ナードゥ= タミール・ナド州 」のミニ情報はこちら
※ 「インド」のミニ情報はこちら

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2012年12月05日 | 仕向地ミニ情報 | アジア一覧

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