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バングラデシュ = バングラディシュ (BANGLADESH)

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バングラデシュ = バングラディシュ (BANGLADESH) : 

公式国名、バングラディシュ人民共和国。意味は「ベンガル人の国」。面積、147,000平方`。人口(2015年)、159,400,000人。人口密度、1,084人/平方`。2013年の調査結果が1億5,250万人で、順調な増加傾向を見せている。言語は、ベンガル語(公用語)、英語。宗教は、イスラム教88.3%、ヒンズー教10.5%、その他仏教、キリスト教。インドの東隣にある農業を主とした共和国。首都は、ダッカ

南部はベンガル湾に面し、周囲のほとんどをインド、東の一部をミャンマーと国境を接する国。主要輸出品は、縫製品、ジュート(全体の1/3)、皮革製品、魚介類など。

最上位の行政単位は、6管区(クルナ管区、シレット管区、ダッカ管区、チッタゴン管区、バリサル管区、ラジシャヒ管区)で構成され、夫々中心となる都市の名が付けられている。しかし、管区には実質的な機能はなく、その下にある県(Zila)が地方行政の主位的単位となっている。県の下には郡(ウポジラ)が置かれ、その下にいくつかの村落をまとめた行政村(ユニオン)がある。2005年1月現在、64県が存在する。

2004年6月、大洪水で、628人が死亡、国土の60%が洪水に覆われるという過去6年間で最悪の洪水を経験した。この洪水では農作物に被害が及んだことにより2,000万人が食料援助を受けなければならない状態になり、国の輸出の80%を占めると言われる織物産業に大きな被害が出た。政府はこれによる被害が70億jに達すると見ている。

こういった大きな被害をもたらす大洪水が「ボンナ」と呼ばれ、破壊と災厄をもたらすものとみなされる一方で、毎年起こる程度の適度な洪水を「ボルシャ」と呼び、土壌に肥沃さをもたらし、豊かな漁場とありあまるほどの水、豊作をもたらす恵みの存在と考えられている。

ムガール帝国のもと、ベンガル地方(インドの西ベンガル州とバングラディシュを含む)では美術、文学が花開いた。陸路交易も拡大し、世界の海上貿易の拠点となった。15世紀から入植していたポルトガルが1663年、地元反乱により放逐。

1690年、イギリスの東インド会社が、カルカッタに軍事基地と商館を設立し徐々に勢力を拡大した。1757年、イギリスはムガール帝国に追放されたが1年後にカルカッタを奪回した(プラッシーの戦い)。1857年、イギリスに反発する一般市民を含む「セポイ(東インド会社が編成したインド人兵)」の反乱(民族解放闘争)が起こり、反乱を鎮圧したイギリスが、東インド会社に代わり直接統治し、名実ともにイギリスの植民地となった。1858年、ムガール帝国が滅亡。

イギリスはベンガルに強固な社会構造を作り上げ、カルカッタはインド亜大陸では商業、教育、文化の最も重要な中心地となり、少数派の「ヒンズー教徒」はイギリスを受け入れたが、「イスラム教徒」は拒否し作物が不作になると暴動を起こした。

第二次世界大戦後の1940年代中頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の間の暴力が激化し、1946年のカルカッタでの両教徒の衝突で、4日間に5,000人の死者を出した。1947年、イギリスはインド(中央部のヒンズー教徒地域)とパキスタン(北部東西のイスラム教徒地域)を分離し独立させた。

しかし、パキスタンはインドの両側、1,600`以上離れた東西に分断された地域を国土とし、西パキスタン主導の国家だった為、東パキスタンは差別的統治を受けた。政府が西パキスタンの「ウルドゥ語」のみを国語とすると宣言した時、「ベンガル語」を話すバングラは反発し、やがて東パキスタンの自治拡大運動へと変質した。

運動を指揮する「アワミ連盟」が、1971年の総選挙で第一党となり、驚いた大統領は、国会を延期し自治拡大運動を弾圧した。党首「ラーマン」は逮捕され連盟は非合法化された為、暴動とストライキが起こり、政府が東パキスタンに軍隊を送り内戦となった為、1,000万人の東パキスタン人がインドへ避難し「臨時政府」を樹立、バングラディシュの独立を宣言した。

政府軍はバングラディシュの全大都市を占領し、村々を焼き払い、村人を虐殺した。インドで訓練を受けたバングラディシュのゲリラが国境を越え衝突。パキスタン空軍はインド軍にも攻撃をかけ、インドとも戦争に成り、インド軍は国境を越え、パキスタン軍は西からインド軍、北部と東部からゲリラ、あらゆる方角から市民によって攻撃され11日間で全てが終わった。同年12月、世界139番目の国家としてバングラディシュが建国され、1973年、最初の国会選挙で、アワミ連盟が政権を担った。

旧東パキスタンにおけるベンガル人政治指導者「シェイク・ムジブル・ラフマン」が初代大統領になった。しかし、9ヶ月に及んだ内戦後の混乱は収まらず、ラフマンは1974年に戒厳令を宣言し、新たに組織された「バングラデシュ・クリシャク・スラミーク・アワミ連盟」を除く全政党の解党を命令し一党独裁システムを作ったが、国政は改善せず飢餓と疾病が広がった。

1975年8月15日、陸軍部隊による軍事クーデターが起こり、ラフマンは自宅で15人の親族と供に射殺された。同年11月に、またも軍事クーデターが起き、陸軍参謀総長「ジアウル・ラーマン」が全権を握り、1978年に大統領に当選したが、1981年、大統領は軍部反対勢力により暗殺された。1982年、陸軍参謀長「エルシャド」が無血クーデターを起こし、政党活動を禁止。1986年、政党活動を解禁し、自ら大統領に当選。1990年中頃から人民運動が激化し、12月、エルシャド大統領は退陣した。

1991年、総選挙が行われ、野党のバングラディシュ民族主義党が勝利。「ジアウル・ラーマン大統領」の未亡人「ベグム・カレダ・ジア」が初の女性首相となった。民主主義は再び確立され、経済は成長したが、国民の貧困は改善出来なかった。1996年に総選挙を行ったが、暴力事件とボイコットでその価値を失い、ストライキや暴力事件が頻発し、ジア首相が辞任。同年6月、総選挙でアワミ連盟が第1党となり、「初代首相ラーマン」の娘で党首の「シェイク・ハシナ・ワゼド」が首相に就任した。

2006年、軍の圧力で「BNP政権」は退陣し「アハメド選挙管理内閣(暫定政権)」が発足した。2007年には総選挙が予定されていたが政党内対立で情勢が悪化で、2008年に延期された。「イアジュディン・アハメド」大統領は、非常事態宣言を発令すると共に全土に夜間外出禁止令を出した。2008年12月29日に総選挙が実施され「シェイク・ハシナ・ワゼド」元首相の率いる「アワミ連盟」が圧勝した。政権は「汚職の撲滅」や「イスラム過激派対策」に取り組んでいる。

バングラデシュの貧困の一因として、政府の統治能力の低さがあげられる事がある。汚職がひどく、2002年に比べ2009年の腐敗認識指数はかなり改善されたものの未だ低位にいる事には変わりない。また地方行政が特に弱体で、行政が上手く機能していない。それを補助する形で、各種NGOが多数存在し、開発機能を担う形となっている。特に、アジア最大といわれるNGOの「BRAC」や「グラミン銀行」などが規模も大きく著名である。

初代大統領「ラフマン」が暗殺された時にドイツ滞在中で難を逃れ、英国及びインドで亡命生活を送った後、軍政権下の1981年に帰国し軍に拘束されるも釈放後、民主化への政治運動を指導し、1996年以後、首相を務めているラフマンの娘「シェイク・ハシナ」は、2014年5月に日本を訪問し、バングラデシュの国旗について「父は日本の日の丸を参考にした」と証言したエピソードがある。

バングラデシュには、「ユネスコ」の世界遺産リストに登録された文化遺産が2件、自然遺産が1件ある。それらの登録名称(登録年)と概要は、

『バゲルハットのモスク都市(1985年)』 :
クルナ管区のバゲルハット郊外にある遺跡。15世紀前半、ここを開拓した王、カン・ジャハンにより造営されたモスク群である。遺跡内にはモスクやタダルガー(霊廟)など50にも及ぶ建造物があり、そのほとんどがカン・ジャハン様式により建設された。中でも、1459年に建立されたシャイト・ゴンブス・モスクは、カン・ジャハン様式を如実に反映しており、ムガル帝国期以前のモスクの中ではバングラデシュ最大規模である。なお、名称の「シャイト・ゴンブス」はベンガル語で「60のドームを持つモスク」を意味しており、その名のとおり、屋根には60のドームが並んでいる。

『パハルプールの仏教寺院遺跡群(1985年)』 :
ラジシャヒ管区にある仏教寺院の跡。8世紀半ば〜9世紀にかけて建設された仏教寺院遺跡群。バングラデシュはイスラム教国であるが、当時、この地域はパーラ王朝の支配を受け、その時代には仏教が大いに栄えた。これと共に、この地域には多数の仏教寺院が建設され、その最大級の物がパハルプールである。因みに、ベンガル語でパハルは「山」、プールは「中核」を意味する。

『シュンドルボン』 :
クルナ管区南部にまたがって広がるマングローブの群生地帯。バングラデシュ側はそのほとんどの地域が政府によって保護されており、1997年に、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された。シュンドルボンはベンガル語で「美しい森」を意味する。

「バングラディシュ」の風景はこちら

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2017年02月16日 | 仕向地ミニ情報 | アジア一覧

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