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ルクセンブルク大公国 (LUXEMBURG)

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ルクセンブルク大公国 (LUXEMBURG) : 

公式国名、ルクセンブルク大公国(Grand Duchy of Luxembourg)。西ヨーロッパに位置する立憲君主国。面積、2,586平方`(佐賀県と同規模)。人口(2008年)、486,000人。人口密度、179人/平方`。人種、ドイツ系ルクセンブルク人約65%、その他、ポルトガル人、イタリア人、フランス人、ドイツ人である。言語、ルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語(公用語)。その他、街やレストラン等では、英語、ポルトガル語、イタリア語などを耳にする機会も多い。宗教は、ローマ・カトリック87%、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教などが13%である。隣接国は、南のフランス、西と北のベルギー、東のドイツである。ベルギー、オランダと併せて「ベネルクス」と呼ばれる。首都は、ルクセンブルク市

国土の大部分には丘と低い山地が広がる。北高南低の地勢でアルデンヌ山地の延長にあたる丘陵地が連なり最高地点は同国北端に近い「クナイフの丘(560b)」。ローマ帝国時代から、街道が交わる重要拠点であった。北部はベルギーから続くアルデンヌ高原、南部はフランスから続くロレーヌ台地。東側のドイツとの国境には、モーゼル川が流れる。地形は変化に富み森林と渓谷が美しい。

気候はケッペンの気候区分によると西岸海洋性気候に分類され、海洋の影響により温和な気候である。年間を通して日照量が少なく小雨が多い。秋から冬にかけては霧が多い。8月の平均気温は16.7℃、1月の平均気温は0.5℃、年間降水量は780_。

ルクセンブルクでは、多種多様な産業が発達し、民間セクターにおける経済活動が極めて盛んな国の一つである。国内産業は、大別して重工業と金融の二分野における割合が大きい。また、国策として情報通信分野における産業振興を図った結果、ヨーロッパにおける情報通信産業(放送メディア産業)の中核を担う事になった。

他にも、高度に発達した工業と豊かな自然(特に田園風景)とが共存しており、観光業(近年ではエコツーリズム)も盛んである。その自然の豊かさから「欧州における緑の中心地」と称されることもある。食品産業は全般的に低調だが、白ワインの伝統的な産出地であり、隣国ベルギー同様にチョコレート菓子が有名。

経済は世界でもトップレベルの豊かさを誇る。特に21世紀以降は、一人当たりのGDPにおいて世界首位の座を維持し続けている。高度に発達した先進工業国である。因みに、一人当たりの国民総所得(GNI)では世界第4位だが、購買力平価ベースでは世界首位(2009年)。GNIとは、ある国籍を持つ国民が国内外で稼いだ所得の総和であるから、単純に考えれば「世界で最も所得が多い国民」ということができる。

ルクセンブルクの経済成長率は毎年4〜5%の範囲で推移(2007年度以降は鈍化)しており、先進国としては例外的に高い経済成長を維持し続けている。一方、典型的な福祉国家ではないのにも関わらず、概して失業率が良好に推移しており、国内の所得格差が北欧諸国並みに小さいという特筆すべき特徴を兼ね備えている。

963年、アルデンヌ家のジーゲフロイト伯爵が、今の首都の領土に城を築いた事に始まる。当時、砦を「lucilinburhuc(小さな城)」と呼ばれ、それが変化してLuxemburgとなった。1060年頃、アルデンヌ家の分家である「ルクセンブルク家」に伯爵位が与えられた。

14〜15世紀にはルクセンブルク家から神聖ローマ皇帝やボヘミア王を出し、1354年にルクセンブルク家の皇帝カール4世によって伯領から公領へ昇格された。しかし、ルクセンブルク家はカール4世の孫の代で断絶し、ルクセンブルク公領は抵当に入れられた後、1461年にブルゴーニュ公国に併合された。その後、ネーデルラント一帯はハプスブルク家領となり、ルクセンブルクはハプスブルク領ネーデルラントの一州としてスペインやオーストリアの支配を受けた。

フランス革命期にフランスの支配を受けた後、1815年にウィーン会議で、ドイツ連邦に加盟しながらもオランダ国王を大公とするルクセンブルク大公国となった。1830年のベルギー独立革命の際にはベルギーと行動を共にし、ベルギーの独立後は首都ルクセンブルクを除いて、その統治下へと置かれた。1831年、ロンドン会議で領土の西半分(現在のリュクサンブール州)をベルギー、残りの領土をオランダ国王の統治下へと帰属することが決められた。1867年にはロンドン条約でプロイセン王国とフランスの緩衝国とするため永世中立国となった。1890年、元ナッサウ公のアドルフがルクセンブルク大公となり、オランダとの同君連合を解消した。

第一次世界大戦と第二次世界大戦においては、ドイツの占領下に置かれた。1948年、ベネルクス間で関税同盟を結成。1949年にはNATOに加盟し、82年間続いた永世中立を放棄した。1957年に欧州経済共同体、1967年に欧州連合、1999年にユーロ圏へといずれも原加盟国として参加している。

「ルクセンブルク大公国」の風景はこちら

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2014年06月13日 | 仕向地ミニ情報 | ヨーロッパ一覧

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