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アテネ (ATHENS)

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アテネ (ATHENS) : 

ギリシャ共和国の首都。同国最大の都市。アッティカ地方、「*バルカン半島」のアッチカ半島の西側にある世界でももっとも古い都市の一つで約3,400年の歴史がある。市域面積、38.964平方`、市街地面積、411.717平方`、都市圏面積、2,928.717平方`。市域人口(2011年現在)、655,780人、市域人口密度、 16,830人/平方`、市街地人口、3,074,160人、市街地人口密度、7,462人/平方`、都市圏人口、3,737,550人、都市圏人口密度、1,276人/平方`。東はエーゲ海、西はイオニア海に臨む古代と現代が同居する都市である。

アテネの海の玄関口は、10〜15`程南西に位置する「ビレウス港」がある。

「ピレウス港」の航空写真:

「コンテナ船バース・ターミナル」の航空写真:

「ピレウス港」の風景はこちら

アッティカ中央部のアッティカ盆地と呼ばれる平野に広がり、平野の周辺部は4つの山に囲まれ、西側はエガレオ山、北側はパルニサ山、北東側にはペンテリ山、東側にはイミトス山がそびえる。更にエガレオ山を超えてスリアシアン平野が広がり、西へ中央部の平野の広がりを形成している。パルニサ山は4つの山の中では一番高く標高1,413bで、「アテネ国立公園」に指定されている。

アテネは周辺部の丘陵地に築かれている。リカベスト山は市内では一番高い丘の一つで、アッティカ平野を一望することが出来る。アテネの地形は周辺部の山々の影響により、世界でも最も複雑な地形で、似たような地形にあるロサンゼルスメキシコシティなど同様の逆転層現象が起こりそれと並びギリシャ政府の産業や人口の統制政策の失敗により大気汚染の問題に現在直面している。

気候は亜熱帯西岸気候の地中海性気候に属し、長く続く暑くて乾燥した夏の気候から穏やかで湿気がある冬になる。年平均降水量は414.1_で、ほとんどが10月〜4月にかけて記録されるものである。7月や8月は乾燥した月で雷雨が月に1、2回時偶発生しする。冬は冷涼で、雨が降り1月の平均気温はアテネ北郊のネア・フィラデルフィアで8.9℃、エリニコンで10.3℃である。吹雪は滅多に起こらないが、降雪はアテネ北郊で見られ発生すると大きな混乱に陥る。7月の日々の平均最高気温(1955–2004)はネア・フィラデルフィアでは33.7℃だが、他の市内ではこれよりも暑く、特に西側の地区は産業化や自然的な理由により暑くしばしば、38℃を超えアテネは熱波で知られる。

都市活動によるヒートアイランド現象が多くの地区で起こり、気温は周辺の田園地域とは異なり冷却の為に必要なエネルギーの使用や健康に悪影響がある。一方で、国立庭園やシセイオ気象観測所などの特定の観測所では若干かまったくヒートアイランド現象の影響が見られない。ヨーロッパでの最高気温の記録を保持しており48℃を1977年7月10日にエレウシスとタトイの観測所で記録している。

紀元前8世紀頃、エーゲ文明消滅後、古代ギリシア人の一派イオニア人が定住し、ポリス(都市国家)が形成さた。紀元前7世紀頃、民主政が成立。紀元前561年、ペイシストラトスが僭主となる。紀元前490年、「マラトンの戦い」でアテナイを主力とするギリシア重装歩兵軍団がペルシア軍を破る。紀元前480年、「サラミスの海戦」でテミストクレス将軍の指揮によりペルシア海軍を撃破。紀元前479年、「プラタイアの戦い」でアケメネス朝ペルシアの勢力を完全に撃退。紀元前477年、ペルシア再侵攻に備えデロス同盟結成。紀元前461年、 指導者ペリクレス将軍の下で古代都市としての全盛期を迎える。

紀元前431年、「ペロポネソス戦争」が勃発。スパルタに破れる。この時期からアテネは衆愚政治に陥る。紀元前338年、「カイロネイアの戦い」でマケドニア王国に敗れ、独立を失う。コリントス同盟(ヘラス連盟)成立し、アテネが加盟。紀元前168年、ローマ軍がギリシャに侵入し、ローマ支配が始まる。紀元後から文化都市としても衰退を始める。

395年、ローマ帝国分裂、東ローマ帝国領になる。1456年、東ローマ帝国の残存勢力が滅ぼされ、オスマン帝国領となる。1830年、ギリシャ王国の独立が承認される。1834年、ギリシャ王国の首都に定められる。1896年、第1回夏季オリンピックが開かれる。2004年、第28回夏季オリンピック競技大会開催。

アテネには、アテネ大学やアテネ考古学学会のような国家的な機関があり、考古学調査の世界的な中心である。古代のアゴラ、ケラメイコスなどの考古学に関する博物館が含まれ、多くの考古学図書館や3つの考古学に特化した研究所があり、会議やセミナー、多くの展示会も毎年開催され、催しが開かれる時には多くの国際的な学者や研究者がアテネに集まる。

「アテネ国立考古学博物館」は、ギリシャでは最大の考古学に関する博物館で、国際的にも重要な位置を占めている。収蔵品には幅広いコレクションがあり、5,000年以上前の新石器時代からローマ帝国支配下のギリシャの時代の遺産を網羅している。 ◆「ベナキ博物館」は、いくつかの分野のコレクションが含まれ、古代やビザンティン、オスマン時代、中国美術など様々である。 ◆「ビザンティン・クリスチャン博物館」は、ビザンティン美術に関してもっとも重要な博物館である。 ◆「アテネ貨幣博物館」は、豊富な古代や現代の硬貨のコレクションが収蔵されている。 ◆「キクラデス芸術ゴーラドリス美術館」は、キクラデス芸術に関する幅広いコレクションが収蔵され、この中には白い大理石で出来た像が含まれる。 ◆「アクロポリス博物館」は、2009年に開館し、アクロポリスの古い博物館を置き換えている。2009年6月〜10月までの夏の期間には100万人の来場者があった。 ◆その他、「キクラデス芸術ゴーラドリス美術館」など。アテネには多くの小規模なものや私立のギリシャの文化に焦点を当てた博物館があり美術館もある。

アテネには148の演劇ステージがあり、世界のどの都市よりも有名な古代からの◆「ヘロドス・アッティクス音楽堂」があり「アテネ祭」が毎年10月に開催される。他にも多くの大規模な複合施設があり、ロマンティックな野外劇の会場にもなっている。 また、幅広い多くのコンサート会場もありその中には◆「アテネコンサートホール」も含まれ世界中の著名なアーティストを年中集めている。 ◆「アテネプラネタリウム」はアンドリュー通りにあり世界でも最大規模のデジタルプラネタリウムである。

約2,500年前、古代ギリシアにおけるポリス国家の盟主として栄え、現在も市内に歴史の跡が見られる。「パルテノンの神殿」は、1987年に、◆『アテナイのアクロポリス』の名称で、ユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されている。2007年3月26日、正式にヨーロッパの文化遺産リストに卓越した遺産として発表された。

「アテネ」の風景はこちら

※ 「ギリシャ」のミニ情報はこちら

※<『バルカン半島』: ヨーロッパ大陸の南東部にある半島。西側はアドリア海・イオニア海に、東側は黒海に、南側はエーゲ海に面し、ボスポラス、ダーダネルス両海峡を隔てて小アジアに対する。北東の境界は一般に「ドナウ川」とその支流「サーバ川」とされる。ボスニア-ヘルツェコビナクロアチアセルビアモンテネグロマケドニアアルバニアギリシャブルガリアルーマニアトルコの一部を含む。

この半島では連続して2回の戦争が起こっており、第一次バルカン戦争は1912年10月〜13年5月のバルカン同盟対トルコの戦争で、トルコは敗北し、ヨーロッパ大陸の領土の大部分とクレタ島を失った。第二次は、1913年6月〜8月、トルコから獲得した領土をめぐってブルガリアがセルビアと戦い、トルコ・ルーマニア・ギリシャもセルビア側に参戦、ブルガリアの敗北に終わった。≫

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2014年08月21日 | 仕向地ミニ情報 | ヨーロッパ一覧

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