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イギリス・英国 (U.K.)

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イギリス・英国 (U.K.) : 

公式国名、「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国(the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」。「イングランド」「スコットランド」「ウェールズ」及び「北アイルランド」からなる立憲君主制の連合王国である。グレートブリテン島、アイルランド島と、その周囲大小の島々を「ブリテン諸島」と呼び、この2つの大きな島に囲まれたアイリッシュ海の中央に位置する「マン島」、フランスのコタンタン半島西方沖合い、英国海峡に浮かぶ島々「チャンネル諸島(ジャージー島、ガーンジー島など)」は、イギリスには属さない「王室属領(Crown dependency)」であるが、外交権等はイギリスに委ねられている。その他、スペインの南端、ジブラルタル海峡の北岸にあるイベリア半島の南東端に突き出した半島に位置する「ジブラルタル」もイギリスの領土である。

面積、244,820平方`(本州と四国を併せた程度)。イギリスの大半はなだらかな丘陵地及び平原で占められており、国土のおよそ90%が可住地である為、国土面積自体は日本のおよそ2/3であるが、可住地面積は逆に日本の倍近くある。大小あわせて1,098程の島々からなり、ほとんどは自然の島だが、いくつかはクランノグといわれる、過去の時代に石と木を骨組みに作られ、次第に廃棄物で大きくなっていった人工の島がある。人口(2011年)は、63,181,775人。人口密度は、246人/平方`。人種は、アングロ・サクソン人が94%である。

公用語は「英語(イギリス英語)」であり最も広く使用されているが、「イングランド」のコーンウォールでは「コーンウォール語」、「ウェールズ」の北部と中部では「ウェールズ語」、「スコットランド」の主にローランド地方では「スコットランド語」、「ヘブリディーズ諸島」の一部で「スコットランド・ゲール語」、「北アイルランド」の一部で「アルスター・スコットランド語」と「アイルランド語」が話されており、夫々の構成国で公用語になっている。

宗教は、2001年では、キリスト教徒が71.6%、イスラム教徒が2.7%、ヒンドゥー教徒が1.0%であったが、 2011年には、キリスト教徒74.7%、イスラム教徒2.3%、ヒンドゥー教徒が1.1%であり、キリスト教徒が増えた背景には、2011年4月29日の「ウィリアム王子」の結婚が影響しているという見解がある。

グレートブリテン島は、中部から南部を占めるイングランド、北部のスコットランド、西部のウェールズに大別される。アイルランド島から北アイルランドを除いた地域は「アイルランド共和国」である。

グレートブリテン島は北部にカレドニア山脈、中央にペニン山脈、西部にカンブリア山脈があるが、いずれも古期造山帯のもので低くなだらかである。南部の一部を除き広く氷食を受け、スコットランド西岸にはフィヨルドが多い。平野は東部にみられる程度で、高原と丘陵地帯が大半である。

イングランドの大部分は、岩の多い低地からなる。主な河川は、テムズ川セヴァーン川トレント川、ウーズ川である。イングランド南部のドーヴァーには、英仏海峡トンネルがあり、対岸のフランスと繋いでいる。イングランドには標高 1,000bを超える地点はない。

ウェールズは山がちで、最高峰は標高 1,085bのスノードン山である。本土の北にアングルシー島がある。ウェールズの首都また最大の都市はカーディフで、南ウェールズに位置する。

スコットランドは、地理的に多様で、南部および東部は比較的標高が低く、北部および西部は標高が高い。ベン・ネヴィスはイギリスの最高地点で標高1,343bである。数多くの半島、湾、ロッホと呼ばれる湖があり、グレート・ブリテン島最大の淡水湖で「ネッシー」で話題になった「ネス湖」がある。西部と北部の海域には、ヘブリディーズ諸島オークニー諸島シェットランド諸島を含む大小様々な島が位置する。

北アイルランドは、アイルランド島の北東部を占め、ほとんどは丘陵地である。中央部は平野で、ほぼ中央に位置する「ネイ湖」はイギリス諸島最大の湖である。

『行政区分』別の「主要都市」名と2001年国勢調査による人口は、 ◆『イングランド』: 「ロンドン・7,172,091人」、「バーミンガム・970,892人」、「リヴァプール・469,017人」、「リーズ・443,247人」、「シェフィールド・439,866人」、「ブリストル・420,556人」、「マンチェスター・394,269人」、「レスター・330,574人」、「コヴェントリー・303,475人」、「キングストンアポンハル・301,416人」、「ブラッドフォード・293,717人」、「ストークオントレント・259,252人」、「ウォルヴァーハンプトン・251,462人」、「ノッティンガム・249,584人」、「プリマス・243,795人」、「サウサンプトン・234,224人」等、 ◆『スコットランド』: 「グラスゴー・629,501人」、「エディンバラ・430,082人」等、 ◆『ウェールズ』: 「カーディフ・292,150人」等、 ◆『北アイルランド』: 「ベルファスト・276,459人」等である。

気候は、メキシコ湾流に由来する暖流の北大西洋海流の影響下にある為、北緯50度〜60度という高緯度にも拘わらず温暖で、中緯度の偏西風の影響を強く受ける為、西岸海洋性気候が卓越する。大陸性気候はまったく見られず、気温の年較差は小さく、冬暖夏涼の西岸海洋性気候を示す。

メキシコ湾流の影響は冬季に強く現れ、特に西部において気温の低下が抑制される。夏季には緯度と気温の関連が強くなり、比較的東部が高温になる。水の蒸散量が多い夏季に東部が高温になる事から、年間を通じて東部が比較的乾燥し、西部が湿潤となる。

降水量の傾向は、東部では一年を通じて平均しており、かつ、一日当たりの降水量が少ない。冬季、特に風速が観測できない日には霧が発生し易い。この傾向が強く当てはまる都市としてロンドンが挙げられる。西部においては降水量が2,500_を超える事がある。首都ロンドンの年平均気温は10.0℃、年平均降水量は750.6_。1月の平均気温は4.4℃、7月の平均気温は17.1℃である。

1066年にノルマンディー公であったウィリアム征服王 がイングランドを征服し、大陸の進んだ封建制を導入して、王国の体制を整えていった。人口、経済力に勝るイングランドがウェールズ、スコットランドを圧倒していった。

1282年にウェールズ地方にもイングランドの州制度がしかれ、1536年には正式に併合した。1603年にイングランドとスコットランドが同君連合を形成、1707年、スコットランド合併法(1707年連合法)により、イングランドとスコットランドは合併しグレートブリテン王国となった。更に1801年には、アイルランド合併法(1800年連合法)によりグレートブリテン王国はアイルランド王国と連合し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国となった。

ウィンザー朝の「ジョージ5世」の1922年に「英愛条約」が発効され、アイルランド島の北部6州(北アイルランド)を除く26州がアイルランド自由国として独立し、1927年に「アイルランド共和国」の名称へと改名した。

現在、スコットランドが独立すべきかどうかを問う国民投票が、2014年に実施される見通しとなっている。

イギリスは世界に先駆けて産業革命を達成し、19世紀始めの「ナポレオン戦争」後は七つの海の覇権を握って世界中に進出し、カナダからオーストラリア、インドや香港に広がる広大な植民地を経営し、奴隷貿易が代表する様な交易を繰り広げイギリス帝国を建設した。

中国国内でのアヘン販売を武力で認めさせる為、清朝に対して「阿片戦争」を仕掛けた。イギリスの世界覇権は第一次世界大戦までで、二度の大戦を経てその後はアメリカが強大国として台頭する。

第二次世界大戦直後、労働党のクレメント・アトリー政権が「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにいち早く福祉国家を作り上げたが、階級社会の伝統が根強い事もあって経済の停滞を招き、1960年代以降は「英国病」とまで呼ばれる不景気に苦しんだ。

1980年代にマーガレット・サッチャー首相が経済再建の為にネオリベラリズム的なサッチャー主義に基づき、急進的な構造改革(民営化・行政改革・規制緩和)を実施し、失業者が続出、地方経済は不振を極めたが、ロンドンを中心に金融産業等が成長した。

1990年代、政権は保守党から労働党のトニー・ブレアに交代し、イギリスは市場化一辺倒の政策を修正した第三の道への路線に進む事になった。この頃からイギリスは久しぶりの好況に沸き、「老大国」のイメージを払拭すべくクール・ブリタニアと言われるイメージ戦略、文化政策に力が入れられる様になった。

イギリス国内には、ユネスコの世界遺産に登録された『文化遺産』が21件、『自然遺産』が4件、『複合遺産』が1件ある。それらの登録名称と登録年は、

◎『文化遺産』: ◆「グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁(1986年)」、 ◆「ダラム城と大聖堂(1986年)」、 ◆「アイアンブリッジ峡谷(1986年)」、 ◆「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群(1986年)」、 ◆「ファウンテンズ修道院跡を含むスタッドリー王立公園(1986年)」、 ◆「バース市街(1987年)」、 ◆「ローマ帝国の国境線(1987年、2005年拡張)」、 ◆「聖オーガスティン修道院聖マーティン教会(1987年)」、 ◆「 ブレナム宮殿(1987年)」、 ◆「カンタベリー大聖堂聖オーガスティン修道院聖マーティン教会(1988年)」、 ◆「 ロンドン塔(1988年)」、 ◆「エディンバラの旧市街・新市街(1995年)」、 ◆「河港都市グリニッジ(1997年)」、 ◆「オークニー諸島の新石器時代の遺跡中心地(1999年)」、 ◆「ブレナヴォン産業用地(2000年)」、 ◆「バミューダ諸島の古都セントジョージと要塞(2000年)」、 ◆「ソルテア(2001年)」、 ◆「ニュー・ラナーク(2001年)」、 ◆「ダーウェント峡谷の工場群(2001年)」、 ◆「キュー王立植物園(2003年)」、 ◆「海港商業都市リヴァプール(2004年)」、 ◆「コーンウォールエスト・デヴォン鉱山の景観(2006年)」。

◎『自然遺産』: ◆「ジャイアンツ・コーズウェーコーズウェー海岸(1986年)」、 ◆「ヘンダーソン島(1988年)」、 ◆「ゴフ島野生生物保護区(1995年、2004年拡張)」、 ◆「ドーセットと東デヴォンの海岸(2001年)」。

◎『複合遺産』: ◆「セントキルダ島(1986年、2004年、2005年拡張)」。

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2016年10月15日 | 仕向地ミニ情報 | ヨーロッパ一覧

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