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ローマ (ROME = ROMA)

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ローマ (ROME = ROMA) :

イタリア共和国の首都、また「ラツィオ州」の州都であり、「ローマ県」の県都でもある。イタリア政治経済の中心地。人口(2008年)、2,724,347人。面積、1,285.30平方`。イタリア半島中部、「テベレ川」の下流にまたがる。各時代の文化遺産を持つ世界的観光都市。

州都ローマは、ペルージャから南へ約135`、ペスカーラから西南西へ約158`、ナポリから北西へ約190`、フィレンツェから南南東へ約230`の距離にある。

約3,000年の歴史をもつ古都で、多くの文化遺産を残す永遠の都。古代ローマの遺跡が点在し、街自体が美術館、博物館のようである。ほぼ中央テベレ川の少し西部にはローマ教皇庁のあるカトリックの総本山「バチカン市国」がある。

「ローマは一日にしてならず」、「すべての道はローマに通ず」など多くの格言にうたわれる世界遺産の都市。ローマの街はさほど大きくなく、4〜5日も滞在すればほとんどの観光地を見て回れるが、街のとりこになるリピーター旅行者は多い。フォロ・ロマーノ、コロッセオなどの古代ローマ遺跡、大教会、博物館・美術館など魅力ある観光地が点在している。

有名ブランド店や高級ブティックが並ぶ通りも多く、ショッピングも堪能できる。但し、治安は相当悪い為、観光客は注意が必要。また、観光客以外にもキリスト教の聖地である為、巡礼者が毎年、何10万人もが、はるばるやってくる。

主な観光ポイント(数が多すぎる為、解説は省略)としては、

◎古代ローマ遺跡としては、 「フォロ・ロマーノ(フォルム・ロマヌム)」、「フォロ・トライアーノ」、「トラヤヌスの市場」、「コロッセオ」、「パンテオン」、「アウグストゥス廟」、「チルコ・マッシモ」、「ドムス・アウレア」、カラカラ浴場、「ローマ街道」、「ガイウス・ケスティウスのピラミッド」、「アウレリア街道」、「アッピア街道」、「フラミニア街道」など。 

◎広場・公園としては、 「ヴェネツィア広場」、「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂」、「ナヴォーナ広場」、「スペイン広場」、「舟の噴水」、「カンピドリオ広場」、「ボルゲーゼ公園」、「カンポ・デイ・フィオーリ広場(花の広場)」、「トレヴィの泉」、「亀の噴水」など。

◎ローマの七丘(ローマの市街中心部からテヴェレ川東に位置する古代ローマ時代の七つの丘)は、 「アヴェンティーノの丘」、「カンピドリオの丘」、「チェリオの丘」、「エスクイリーノの丘」、「パラティーノの丘」、「クイリナーレの丘」、「ヴィミナーレの丘」。 ◎教会は、 「サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂」、「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂」、「サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」、「サン・パオロ・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」、「サンタ・マリア・イン・コスメディン教会と真実の口」がある。 ◎宮殿は、 「ヴェネツィア宮殿」、「クィリナーレ宮殿」、「キージ宮殿」がある。 

◎美術館・博物館としては、 「ボルゲーゼ美術館」、「ローマ国立博物館」、「ヴィラ・ジュリア国立博物館」、「カピトリーノ美術館」。 

◎その他の建造物として、 「サンタンジェロ城」、「テルミニ駅」。 

◎市内の他の見どころとしては、 「エウル」、「チネチッタ映画撮影所」、「ティベリーナ島」、「オスティア・アンティーカ」等がある。 
◎バチカン市国内の観光名所として、 「バチカン市国」、「バチカン美術館」、「サン・ピエトロ大聖堂」、「システィーナ礼拝堂」など。 

◎ローマ郊外の観光名所は、 「ティヴォリ」、「オスティア」、「カステッリ・ロマーニ」、「チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群」、「ボーマルツォ」。

◎ローマ県単位でみたユネスコの世界文化遺産が、4件在りそれらの登録名称(県・コムーネ)登録年は、 ◆『ヴィッラ・アドリアーナ(ローマ県・ティヴォリ)1999年登録』: 古代ローマ時代から上層階級の保養地であった。 ◆『ティヴォリのエステ家別荘(ローマ県・ティヴォリ)2001年登録』: 4.5haの広大な敷地のもとエステ家の別邸。庭園内には、ギリシャ・ローマ時代の噴水500ほど築かれ、後期ルネッサンス期の代表的な庭園でイタリア一美しい噴水庭園として称えられている。 ◆『ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(ローマ県・ローマとバチカン)1980年登録・1990年拡張登録』: 隣接している「バチカン市国」と一体となった保全活動が実施されている。 ◆『チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群(ローマ県・チェルヴェーテリとヴィテルボ県タルクイーニア)2004年登録』: エトルリア人が残した2ヶ所のネクロポリス。

紀元前8世紀頃に建設されたと言われており、古代にはローマ帝国の首都。5世紀の西ローマ帝国滅亡後は、ローマ教皇の居住都市。ローマ・カトリックの中心的な都市として栄え、古代中世を通して西ヨーロッパの重要都市の地位を保っていた。15〜16世紀に大規模な都市整備計画が実施され、外周の市壁が建設され、幹線道路も整備された。1870年イタリア王国の首都となる。

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2013年02月24日 | 仕向地ミニ情報 | ヨーロッパ一覧

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