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カタルーニャ = カタロニア = カタルニャ州 (CATALUNYA)

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カタルーニャ = カタロニア = カタルニャ州 (CATALUNYA) :

スペイン北東部、ピレネー山脈の南に位置し、地中海に面する自治州。総面積、32,114平方`(スペイン全土の6.4%・17州中第6位・日本の関東地方とほぼ等しい)。総人口(2005年)、7,364,078人(スペイン全土の16%)。人口密度、223.9人/平方`(マドリード州とバスク州に次いで17州中第3位)。州都は、バルセロナ

カタルーニャ州はバルセロナ県ジローナ県リェイダ県タラゴナ県の4県からなり、県都名はそれぞれ県名と同じである。人口(2010年)10万人以上の、主要都市は、バルセロナ(バルセロナ県)1,619,337人、ロスピタレート・ダ・リュブラガート(バルセロナ県)258,642人、バダローナ(バルセロナ県)218,886人、タラサ(バルセロナ県)212,724人、サバデイ(バルセロナ県)207,338人、タラゴナ(タラゴナ県)140,184人、リェイダ(リェイダ県)137,387人、マタロー(バルセロナ県)122,905人、サンタ・クローマ・ダ・グラマネート(バルセロナ県)120,060人、レウス(タラゴナ県)106,622人である。

イベリア半島とスペインの北東部にあり、地中海盆地の北西岸にある。南側でバレンシア州と、西側でアラゴン州と州境を接しており、北側の「ピレネー山脈」フランス(ラングドック=ルシヨン=ミディ=ピレネー地域圏)、アンドラ公国と国境を接している。

カタルーニャでの観光の中心ともなっているバルセロナを中心とするバルセロナ都市圏に人口が集中しており、バルセロナの自治体人口は約160万人、都市圏人口は約210万人である。「モンセラートの修道院」には多くの観光客が訪れる。

地中海を挟んでバルセロナの南200`にはバレアレス諸島(バレアレス諸島州)がある。バルセロナからスペインの首都マドリードまでの距離は約600`であり、日本では東京都から神戸市とほぼ等距離である。地中海岸、ピレネー山脈、大河「エブロ川」の流域をそれぞれ辺とする「三角形」の形状をしており、中世にはすでにカタルーニャ地方の形状が三角形であると言及されていた。

地形は起伏に富んでおり、3つの地理区分に分けることができる。フランス国境ともなっている北のピレネー山脈、地中海沿岸にあるカタルーニャ海岸山脈と平地に挟まれた部分、中央部のカタルーニャ中央低地である。平地は地中海岸とエブロ川流域にわずかにあるのみである。地中海に面した海岸線の長さは580`に及ぶ。

北部から中央部にはピレネー山脈の東部と前ピレネーが連なる。州の最高峰は、ピレネー山脈のピカ・ダスタツ(3,143b)である。フランス領カタルーニャに山頂があるカニゴー山(2,785b)。州の大部分は標高数百bの高原であり、ピレネー山脈の高峰を除けば急峻な山岳は存在しない。

主要な河川には、エブロ川リュブラガット川テル川があり、いずれも地中海に注いでいる。エブロ川はイベリア半島で最大の流域面積を持つ河川であり、カタルーニャ州最南端部で地中海に注ぐ。エブロ川の支流であるセグラ川はピレネー山脈から南西に向かって流れ、リェイダ県にカタルーニャ中央低地を形成している。リュブラガット川の河口部にはバルセロナを中心とするバルセロナ都市圏が形成されている。

気候は変化に富んでおり、概して地中海性気候(タラゴナ県、バルセロナ県、ジローナ県の沿岸部)であるものの、地域によって異なる。リェイダ県やバルセロナ県などの内陸部は大陸性地中海性気候の様相を見せる。ピレネー山脈の山々は山岳気候か、高い頂上では高山気候である。

地中海沿岸の夏季は暑く降水量に乏しく、最高気温は30℃前後となるが、海風は湿気を含んでいる。一方でピレネー山脈地方では夏季の降水量が多く、しばしば嵐となる。冬季のピレネー山脈は寒く、しばしば降雪がある。降雪は沿岸部など標高の低い場所でもしばしば見られる。春季と秋季には全域で降水量が多い。

山間部は別として、カタルーニャ州の大部分では雪が積もったり厳しい寒さとなることがなく、地中海岸には冬季でも暖房なしで過ごせる場所もある。夏季の内陸部は沿岸部より暑く乾燥する。気温は最高で35℃を超え、稀に40℃に達することもある。海岸では夜になると14〜16℃と涼しくなる。谷や平野では一般的に霧は見られないが、セグラ川流域などでは雨氷が冬季の風物詩となっている。ただし、イベリア半島の他地域と比べると夏季の気温は穏やかであり、概してイベリア半島の他地域よりも降水量が多い。

ヨーロッパの地中海沿岸地域の中では相対的に降水量が多く、バルセロナの平均降水量は800_に達する。降水量600_の等雨線はほぼリュブラガット川に沿っており、リュブラガット川よりも北東側は「湿ったカタルーニャ」、南西側は「乾いたカタルーニャ」と呼ばれる。この等雨線は生態相の境界にもなっており、北東側は樹林が、南西側は灌木が卓越している。

カタルーニャ州は、交通の要衝として古代から栄えた。カタルーニャは独自の歴史・伝統・習慣・言語を持ち、カタルーニャ人としての民族意識を有している。中世にはアラゴン=カタルーニャ連合王国として地中海の覇権を握ったが、スペイン王国成立後には衰退した。

1936〜1939年の「スペイン内乱」で、人民戦線政府軍の拠点となった。この地方では、スペイン民族とは異なる独自の民族意識を持ち日常語として「カタロニア語」を使用している。1979年にはスペイン国家内で自治州の地位を得たが、2010年代にはカタルーニャ独立運動が盛んになっている。

カタルーニャ州では、ユネスコの世界文化遺産に次の5件が登録されている。 

『アントニ・ガウディの作品群』: アントニ・ガウディ(1852〜1926年)は、古今東西の折衷様式を唱えたモデルニスモの代表的建築家として知られる。26歳の時、パリの博覧会に出品したのをきっかけに大富豪、エウゼビ・グエイと出会う。これが元で世界遺産の題名の一部となった §「グエル公園(パルケ・グエル)」、 §「グエル邸(パラシオ・グエル)」の設計・建築を依頼されこれらを建設した。この後は、バルセロナ中の富豪から設計の依頼が来るようになった。これらの一部も世界遺産に登録されている。 

バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院』: §「カタルーニャ音楽堂」は、建築家「リュイス・ドメネク・イ・ムンタネー」によってモデルニスモの様式で設計されたコンサートホールである。1905〜1908年にかけて、「カタルーニャ・ルネサンス(文芸復興運動)」において指導的役割を果たした合唱団「オルフェオ・カタラ(1891年設立)」の為に建設された。また、 §「サン・パウ病院」は、2009年まで診療がおこなわれていたが、老朽化の為に閉鎖された。その建築は世界遺産の為、現在修復が進められている。1997年に登録。 

『ポブレー修道院』: 1991年に登録された。タラゴナ県のコンカ・デ・バルベラ郡、ビンボディにあるシトー会の修道院。スペイン国内でも最も規模の大きな修道院の一つである。1151年、フォンフロワド修道院(フランス、ナルボンヌ近郊)のシトー会士らによって築かれた。ハイメ1世やペドロ4世らアラゴン王国の王や王妃たちの墓所がある。1835年にメンディサバル法が出された結果一時荒廃したが、1940年以降修復が行なわれ、修道士達が戻り、今日に至っている。 

『タラゴナの考古遺産群』: タラゴナ県の県都でタラゴネス地区の中心自治体。地中海に面した港湾都市で、物流の要所である。古代ローマ時代に築かれ、今でも水道橋や円形競技場などの遺跡が残り、2000年に登録された。 

『バル・デ・ボイのカタルーニャ・ロマネスク様式教会群』: リェイダ県にある狭く側面の切り立った谷で、ピレネー山脈の稜線に当たるコマルカ・ダ・アルタ・リバゴルサの北東端に位置し、この地方の自治体としては最大のものである。自治体内の中心地区はバルエーラ地区にある。この渓谷は9つの初期ロマネスク様式の聖堂群で、内訳は §「タウル集落のサント・クリメント聖堂」、 §「タウル集落のサンタ・マリア聖堂」、 §「バルエラ集落のサント・フェリウ聖堂」、 §「ボイ集落のサント・ホアン聖堂」、 §「エリル=ラ=バル集落のサンタ・エウラリア聖堂」、 §「コル集落の聖母被昇天聖堂」、 §「カルデト集落のサンタ・マリア聖堂」、 §「ナティビター・デ・ラ・マレ・デ・デウ聖堂」、 §「サント・キルクの庵」で、ヨーロッパでも特にロマネスク建築が密集した地域を構成している。2000年に登録された。

「カタルーニャ州」の風景はこちら

※ 「スペイン」のミニ情報はこちら

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2016年08月25日 | 仕向地ミニ情報 | ヨーロッパ一覧

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