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オランダ (NETHERLAND)

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オランダ (NETHERLAND) : 

公式国名、オランダ王国(Kingdom of Netherland)。ヨーロッパの北西部にある立憲君主国。面積、41,526平方`(北海道の半分)。人口(2009年)、16,485,787人。人口密度、397人/平方`。人種、ゲルマン系オランダ人96%。言語、オランダ語(公用語)。宗教、カトリック34%、プロテスタント25%、イスラム教3%。憲法上の首都は「アムステルダム」だが、政治の中心は王宮や国会の所在地である「デン・ハーグ」

ヨーロッパ北西部に位置し、東はドイツ、南はベルギーと国境を接し、北と西は北海に面している。ベルギー、ルクセンブルクと合わせてベネルクス三国と呼ばれる。ヨーロッパの交通、交易の要所。「ロッテルダム」のユーロポートは世界一の貿易港で「欧州連合(EU)」の玄関として重要である。

本土は12州で構成され、州の下には441の基礎自治体(ヘメーンテ)がある。また、カリブ海には海外領土を持ち「アルバ」「ボネール島」及び「キュラソー」は、「ABC諸島」と呼ばれ、「シント・マールテン」「シント・ユースタティウス島」及び「サバ島」は、「SSS諸島」と呼ばれ、単独の自治領であり、自治体として本土に組み込まれオランダ王国を構成する。

2008年調査による人口順の主要都市は、 @「アムステルダム」755,269(北ホラント州)、A「ロッテルダム」582,736(南ホラント州)、B「デン・ハーグ」478,948(南ホラント州)、C「ユトレヒト」296,305(ユトレヒト州)、D「アイントホーフェン」210,300(北ブラバント州)、E「ティルブルフ」201,936(北ブラバント州)、F「フローニンゲン」184,777(フローニンゲン州)、G「アルメレ」184,414(フレヴォラント州)、H「ブレダ」171,132(北ブラバント州)、I「ナイメーヘン」161,177(ヘルダーラント州)。

ユーロポートの航空写真:

リベラルな政策、気風。ライン川マース川、シエルデ川の三つの川がつくる三角州にあり、ライン川マース川の河口にできた低地で、国土の1/4は堤防で守られたポルダーとよばれる海面下の干拓地である。オランダの国土はオランダ人自身が作った土地であるといえる。国土は運河と排水路で区画された平坦な土地で、南東部の最高地点でも標高はわずか321b。北海岸には砂丘が連なる。
 
気候は、偏西風と暖流のメキシコ湾流(北大西洋海流)の影響を受け、夏はさほど暑くなく冬の積雪も少ない温和な気候。高緯度ながら温暖な西岸海洋性気候が広がる。西方海上から吹き付ける風と曇った天気が多い。季節による降水量の偏りはあまりなく、50〜80_の降水が毎月見られる。北海からの風が強く、この風を風力として長らく利用してきた。冬季は年によって寒暖の差が激しく、真冬日や氷点下10℃以下の寒さになる事も珍しくない。首都「アムステルダム」の年平均気温は9.7℃、平均降水量は798.9_。1月の平均気温は2.3℃、7月は16.5℃である。

農業は酪農と集約的園芸が盛んで、チューリップとチーズは特に有名。世界第9位の天然ガス産出量を誇る資源産出国であり、風車でも有名。工業では造船、機械はもとより石油化学工業の発展が著しく、シェル、フィリップス、ユニリーバなど多国籍企業の本拠地がいくつも存在する。一方で繊維など伝統工芸品も守られている。ゴッホやフェルメールなど有名な画家を輩出。

1648年、スペインから独立、三次にわたる「英蘭戦争」を経て、1814年「オランダ王国」が成立。早くから世界進出し、アジアとも関わりが深い。日本との関係が深く、鎖国中(寛永16年〜安政元年)唯一の交易国であった。

ジャワ島を中心とするオランダ領東インド支配においては、1825〜1830年におきた民衆反乱を弾圧した後、「強制栽培制度」を1830年に実施。これは、ジャワ農民に対し、土地の一定割合で稲作など食用の栽培を禁止し、コーヒーやサトウキビといったヨーロッパ輸出用の高級作物の栽培を強制する制度で、ナポレオン戦争後のオランダ本国がおかれた経済的苦境を、打破する為のものであった。

この制度により、ジャワから強制栽培品を安く買い上げ転売したオランダは経済が好転、鉄道建設をはじめ、産業革命と近代化の為の資本蓄積に成功したが、ジャワ農民は稲や麦という自給食料を失い、1843〜1848年には飢饉に苦しみ多数の餓死者を出したと言われている。

強制栽培制度は中断を伴い、形を変えて20世紀まで続けられ、第二次世界大戦中の日本軍のオランダ領ジャワへの侵攻と撤退後も解決されず、インドネシアとオランダとの独立戦争は、1949年まで続いた。

カリブ海地域の植民地は、1954年にオランダ王国憲章が制定され「ボネール島、シント・ユースタティウス島、サバ島特別自治体(BES諸島)」を特別自治体とし「アルバ」、「キュラソー」、「シント・マールテン」は、それぞれ王国内パートナーとして互いに対等な立場で王国を構成する国家となった。

オランダ国内には、ユネスコの世界遺産に登録された文化遺産が8件、自然遺産が1件存在する。

◎『文化遺産 』: ◆「スホクラントとその周辺」: フレヴォラント州の干拓地北東ポルダーにある、元はゾイデル海に浮かぶ島で、北東ポルダーの南部にあたる部分に南北に細長く延びており、高潮で危険である為、19世紀に住民が放棄したが、1942年にゾイデル海開発の一環で、北東ポルダー干拓工事によって陸続きとなった。1995年に登録。集落のあった場所には、水際の擁壁の一部が昔のまま残っている。 ◆「アムステルダムの防塞線」: アムステルダム中心部から10〜15`に位置する42の要塞が配置された全長135`に及ぶ堤防で、1880〜1914年に建造された。1996年に登録。 ◆「キンデルダイク・エルスハウトの風車網」: オランダの南ホラント州 ニーウ・レッケルラント地域に、1740年代にアルブラセルワールト干拓地の排水を行う為、19台の風車が建設された。1997年に登録されている。 ◆「キュラソー島の港町ウィレムスタット市内の歴史地区」: カリブ海に浮かぶオランダの自治領・キュラソー島にある主都ウィレムスタットの中心市街が対象となっている。アムステルダムの運河沿いのような特徴的な破風の建物が美しいパステルカラーに彩られた町並みは、熱帯地方の気候に順応しつつ発展したかつての都市計画を伝える。1997年に「オランダ領アンティルの港町ウィレムスタットの歴史地区」の名称で登録されたが、オランダ領アンティルの解体とキュラソー島の単独自治領化を踏まえ、2011年に改名された。 ◆「Ir.D.F.ヴァウダヘマール(D.F.ヴァウダ蒸気ポンプ場)」: フリースラント州南部のアイセル湖に面する町レメルにある1920年に完成した世界最大の蒸気式揚水場で、1998年に登録された。 ◆「ベームスター干拓地」: 1999年に登録。オランダ北西部北ホラント州の都市ベームスターにある、1612〜1617年に工事が行われた干拓地で、風車を利用して水を排出した。 ◆「リートフェルトのシュレーダー邸」: ユトレヒト市内にあり、1924年に建築された邸宅。この家には、壁がなく、デ・ステイル建築の最も知られた建築物。赤・黄・青・白・灰・黒の線と面によって構成されたこの邸宅である。2000年に、建築分野の現代の運動の証の1つとして、世界遺産に登録された。 ◆「アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域」: アムステルダムは、100`以上の運河と、約90の島々が、1,500もの橋から成り立っている。3つの主要な運河である「へーレン運河」「プリンセン運河」「ケイザー運河」は、オランダが黄金時代を迎えていた17世紀に掘られたもので、都市の周りを同心円状にめぐっている。主要な運河沿いには実に1,550もの記念建造物群が存在し、2010年に登録された。

◎『自然遺産』: ◆「ワッデン海(ドイツと共有)」: 北西ヨーロッパ大陸の一部と北海の間に横たわる水域とそれに関連する海岸の湿原である。全長約500`にわたって、約1万平方`の面積に広がっている。激しい潮流によって形成された陸と海が絶えずせめぎあうこの地の、干満のある広大な干潟やそれより深い溝、そして群島に代表され、2009年に登録された。

「オランダ」の風景はこちら

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2013年12月31日 | 仕向地ミニ情報 | ヨーロッパ一覧

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