仕向地ミニ情報 | 中国
国際輸送のエキスパート ジー・ティー・シー エイシア株式会社

チベット(西蔵)自治区 (シーツァン) TIBET = XIZANG

XML RSS

チベット(西蔵)自治区 (シーツァン) TIBET = XIZANG : 

アジア中央部の高原地帯で、中国南西部の国境地帯、青海・チベット高原の南西部にあるチベット族の自治区。面積 1,228,400平方`(中国の約12.8%を占め第2位の広さ)日本の約6倍の面積。人口(2004年)、2,740,000 人。人口密度、2.2 人/平方`(中国で最も少数)。同自治区の首府は、ラサ・拉薩・邏娑市

居住民族は、2002年の人口267万人のうち、チベット(藏)族が92.8%を占め、漢族が6.1%でこれに次ぐ。残りは回族0.3%、モンパ族0.3%などわずかに過ぎない。

チベット自治区の行政は、2地区及び5地級市からなる。 地区の名称(中国語)・面積(平方`)・人口(2010年)・政府所在地は、 1)ガリ地区(阿里)・296,822.62・95,465人・ガル県、 2)ナクチュ地区(那曲)・391,816.63・462,382人・ナクチュ県。 地級市は、 1)チャムド市(昌都)・108,872.30・657,505人・カルプ区、 2)シガツェ市(日喀则)・182,066.26・703,292人・サムドゥプツェ区、 3)ラサ市(拉萨)・29,538.90・559,423人・城関区、 4)山南市・79,287.84・328,990人・ネドン区、 5)ニンティ市(林芝)・113,964.79・195,109人・巴宜区。

北東部は新疆ウイグル自治区、北西部は青海省、東は四川省、東南部で雲南省と接し、南はミャンマーインドのアッサム州、ブータンネパール、カシミール地区と国境を接する。東西を中国西辺パミール、南北をヒマラヤ崑崙山脈の二大山脈に囲まれている。国境線の全長は約4千`。

青藏高原の中心をなすチベット高原は海抜 4千b以上の大高原であり、「世界の屋根」と称され、高原南部のヒマラヤ山脈は急峻な山々が峰を連ね、ネパール国境にあるチョモランマ峰は海抜8,848bに達する世界最高峰である。チベット高原北部は中国で最も湖が多い地方。気候は冬が長く、夏が無いが、日照は十分。空気が希薄な為、外来者は高山病にかかり易い。

青海-西蔵鉄道は、東の青海省西寧市に至る全長846.9`、平均標高は3千b以上で最高点は3.7千b。ラサを中心とする道路交通網が形成、総延長は2.2万`。ラサ空港からは北京成都上海広州重慶等とを結ぶ国内線とネパール王国の首都カトマンズ行きの国際線が運航。世界で最高位にある「チャムド・バンダ空港(昌都邦達機場)」が1994年9月に竣工。

西藏行政単位の起源は、1723年雍正帝によるグシ・ハン一族の征服とそのチベット支配体制の解体にさかのぼり、その行政は20世紀初頭まで維持された。

1903年英領インド軍の侵攻に驚いた清朝は、ダライラマや諸侯による自治に委ねてきた旧制を廃し、中国が直接掌握するべく、1905年「趙爾豊」率いる四川軍を西方に進発させ、1909年ラサに到達。四川省の西部とダライラマ領の東部カム地方に西康、ダライラマ領に西藏の2省の設置に取り組んだが、1910年に中国の共和化を目指する「辛亥革命」が勃発し趙爾豊は共和派に殺害された。

1913年、インドに亡命していた「ダライラマ13世」が帰還し、独立を宣言し、「チベット・モンゴル相互承認条約」を締結し、清朝軍の残党に抵抗した。中国側はチベットが中国領であると主張し、1931年に、カム地方全域を管轄地域とする「西康省」を発足した。1933年、ダライラマ13世が死去し、1940年「ダライラマ14世」が即位し、1942年に「ラサ」を本拠としてチベットの政府を樹立した。一方、中国内戦に勝利した中国共産党は1949年までにアムド・カム地方を制圧。同年10月に「中華人民共和国」の建国を宣言。

1950年、人民解放軍「西藏和平解放」を中央チベットに派兵、1951年ラサを占領、チベット全土を制圧した。カム西部は中国に忠誠を誓うチベット人組織「昌都解放委員会」の下、「西藏地方」に帰属させた。カム地方東部では「西康省藏族自治区」を発足、1955年四川省に取込んだ。

1956年、アムド・カム地方で「抗中蜂起」が勃発し、「チベット動乱」が始まった。翌年、抗中ゲリラの統一組織を結成、米国CIAの支援も受けて、1959年、ゲリラ活動は西蔵にも波及し、3月「ダライ・ラマ14世」はチベット政府と共にインドに亡命。十数万人からなるチベット難民組織「チベット亡命政府(ガンデンポタン)」のトップとして現在も活動している。

中国は「西蔵地方政府」を廃止したが、1965年西蔵自治区人民政府を成立。1966年、紅衛兵ラサ進駐を開始し文化大革命波及、1975年ムスタンのチベット・ゲリラ基地を閉鎖。1977年、中国はダライラマの帰国を呼びかけたが、1983年、和平会談で最終的に決裂した。

1986年ラサなどを対外開放、外国人の訪問が可能となる。1989年、亡命中のダライラマ14世が、ノーベル平和賞受賞。「独立」に代り「真の自治」を求める事で妥協を図るストラスブール提案を提示。

チベット自治区にの世界遺産は、 ◆『ポタラ宮』: 1642年、チベット政府「ガンデンポタン」の成立後、その本拠地としてラサのマルポリの丘の上に十数年をかけて建設された宮殿。1994年に、周辺の遺跡と合わせて「ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群」の名称で、ユネスコ世界(文化)遺産として登録。2000年に「ジョカン寺(トゥルナン寺・大昭寺)」が拡大登録。2001年に「ノルブリンカ(罗布林卡公园)」が拡大登録された。

ラサ市を除くその他の名勝旧跡としては、 ◆『タシルンポ(扎什倫布)寺』: シガツェ市の南部、尼色日山の麓にあり1447年、後にダライラマ一世となるに根敦主(ゲドゥンドゥプ)が創建。パンチェンラマ4世以後、宗教・政治活動の本拠となり、格魯派で4番目に大きい寺院。 ◆『宗山炮台』: シガツェ市、ギャンツェ県の市街にあり、清代に英国侵略軍に抵抗した(1904)防御施設の遺構。 ◆『白居寺』: 同市街にあり、15世紀初頭にギャンツェ地方の封建勢力と僧侶が創建。もとサキャ「花教」派、後にプドゥン「夏魯」派・ゲルク「黄教」派などが入り、各派共存の寺院となる。俗に八角塔という仏塔(1427年)がある。 ◆『サキャ(薩迦)寺』: シガツェ市、薩迦県の奔波(ペンボ)山の近くにあり、1073年に創建し、その後改修を重ね南北両寺に分れた。元代の様式を色濃く留める。 ◆『チョモランマ峰』: シガツェ市、ティンリ県にあるヒマラヤ山脈の主峰で、海抜8,848.13b、山麓に一番高い「絨布寺」がある。 ◆『マパムユムツォ(瑪旁雍錯)』: ティンリ県城東方35`、カンリンボチェ峰の南方にある、海抜4,587b、面積412平方`で、最高地に位置する淡水湖で有名な仏教の聖地。 ◆『グゲ(古格)王国遺址』: ガリ地区ツァンダ県ツァプラン区の象泉河の河畔の土山にある面積18万平方b、標高差300bの建築群。吐蕃朝の達瑪(ダルマ809〜843年)王の末裔の吉徳尼瑪袞が10世紀前半、人民蜂起により、ガリに逃げ、その子の徳祖袞が王国を興す。 ◆『チャムパリン(絳巴林)寺』: チャムド市の瀾滄江の上流、ザチュ河とゴムチュ河との合流点の楮惹(竜山)にある。明代に創建。

「チベット自治区」の風景はこちら

※<ただ今、「チベット自治区」向けは、FCL貨物の輸送サービスのみとなっておりますので、ご了承下さい。FCLサービスのご利用をお待ちしております。>

※「中華人民共和国」のミニ情報はこちら

※それでは、GTC ASIAのFCL・LCLコンテナ小口混載(コンソリデーション)・国際複合一貫輸送サービスのご利用を宜しくお願い致します。

2016年10月30日 | 仕向地ミニ情報一覧

Copyright 2007- GTC ASIA CORPORATION. All rights reserved