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パプアニューギニア (PAPUA NEW GUINEA)

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パプアニューギニア (PAPUA NIUGINI) : 

正式名称は「パプアニューギニア独立国」。面積、462,840平方`(日本の約1.25倍)。人口(2008年)、6,732,000人、人口密度、12人/平方`。イギリス連邦加盟国であり、英連邦王国の一国。オーストラリアの北方に位置し、ソロモン諸島の西、インドネシアの東、ミクロネシア連邦の南に位置する南太平洋のニューギニア島の東半分及び周辺の島々からなる立憲君主国。首都は、ポートモレスビー。通貨、キナ。

パプアニューギニアは、4地方に大別され、21の州と首都区から成る。地方名:州名・州都名は、 山岳地方: シンブ州(Simbu)/チンブ州(Chimbu)とも・クンディアワ(Kundiawa)、東部山岳州(Eastern Highlands)・ゴロカ(Goroka)、エンガ州(Enga)・ワバック(Wabag)、南部山岳州(Southern Highlands)・メンディ(Mendi)、西部山岳州(Western Highlands)・マウントハーゲン(Mount Hagen)、ヘラ州(Hela)・タリ(Tari)、ジワカ州(Jiwaka)・(Minj)、 島嶼地方: 東ニューブリテン州(East New Britain)・ココポ(Kokopo)、西ニューブリテン州(West New Britain)・キンベ(Kimbe)、ニューアイルランド州(New Ireland)・カヴィエン(Kavieng)、ブーゲンビル自治州(Bougainville)/北ソロモン州(North Solomons)とも・ブカ(Buka)/アラワ(Arawa)に戻す計画あり、マヌス州(Manus)・ローレンガウ(Lorengau)、 モマセ地方: サンダウン州(Sandaun)/西セピック州(West Sepik)とも・ヴァニモ(Vanimo)、東セピック州(East Sepik)・ウェワク(Wewak)、マダン州(Madang)・マダン(Madang)、モロベ州(Morobe)・ラエ(Lae)、 パプア地方: 首都区(National Capital District)・ポートモレスビー(Port Moresby)、中央州(Central)・ポートモレスビー(Port Moresby)、オロ州(Oro)/北部州(Northern)とも・ポポンデッタ(Popondetta)、ミルン湾州(Milne Bay)・アロタウ(Alotau)、湾岸州(Gulf)・ケレマ(Kerema)、西部州(Western)/フライ州(Fly)とも・ダル(Daru)。

パプアニューギニアはオセアニア州に属し、ニューギニア島東半分とニューブリテン島、ブーゲンビル島などがある、ビスマルク諸島ルイジアード諸島アドミラルティ諸島ダントロカストー諸島等大小1万近くの島で成り立っている島嶼国家である。

人々は伝統的に「ワントーク」と呼ばれる少人数の部族に分かれて生活していた。たいていの部族は数十、数百人程度であり、それぞれの部族ごとに言語、習慣、伝統が異なっている。住民は多様な民族から成っており、主にメラネシア人パプア人ネグリト人ミクロネシア人ポリネシア人等で構成される。その他にもクカクカ族、ラカライ族、ラオ・ブレリ族、エレマ族、Huli People、Asaro Mudmenなど多数の少数民族が存在する。

言語は、英語が公用語。また、共通語として、旧ニューギニア地域(ニューギニア本島北岸、ニューギニア高地や島嶼部)で「トク・ピシン」と、旧パプア地域(セントラル、オロ、ガルフ州など)で「ヒリモツ語」がある。首都ポートモレスビーはモツ語圏であるが、移住者の増加に伴い、トク・ピジンの使用が広まっている。

パプアニューギニアは、世界で最も言語の豊富な国といわれる。また、世界で最も言語の消滅の危険が高いといわれる国でもある。険しい山岳地帯、湿地帯に阻まれ部族間の交渉が少なかった為、小さなコミュニティが独自の文化・言語を発達させ、人口が600万人に対して、言語の数は800以上にもなる。その内130の言語の話者が200人以下であり、290の言語の話者が1,000人以下である。

首都ポートモレスビーで話されるトク・ピシンとヒリモツ語の勢力は強く、隣接する地域で話されるコイアリ語を圧倒しており、セピック川下流で話されているイマス語も危うい状態であるが、女性たちは自分たちの言葉を守り続けている。

約16%はオーストロネシアン言語に属し、他の南太平洋の言語と共通する単語や文法を持つ。これらの言語は島嶼部やニューギニア本島の海岸沿いに多く見られ、モトゥ語、クアヌア語、ハリア語などが挙げられる。

その他の84%は一般的に「パプア諸語」と呼ばれ、大きく13のグループに分けられるが、単語や文法など、相互関連性は皆無に近い。パプア諸語のうち最も大きなグループは「トランスニューギニア語」族であり、エンガ語派のエンガ語、フリ語やチンブ・ワギ語派のメルパ語などが挙げられる。これらの言語がどの時代にどこから入ってきてどのように発達したのかは大きな謎である。

宗教は、国民の95%以上がキリスト教であり、主な宗派はローマ・カトリックが27.1%、ルーテル教会が19.5%、合同教会が11.5%、アドベンチスト教会が10.1%、ペンテコステ派が8.6%などとなっている。しかし、中小の原住民村落では自然崇拝も根強く残っており、人の死や病気や事故などの不幸は魔女のせいだと、呪術師が魔女と認定した罪のない女性を火あぶりにする「魔女狩り」の風習が残っている。これらは犯罪であり、政府は魔女狩りを含む「黒魔術」による報復を法規制するなどの対策をとっているが、貧困と教育の不備にあえぐ地域では根絶に至っていない。カニバリズム(食人、食人俗、人肉嗜食、アントロポファジー)の習慣が残っている民族もあるが、詳細は不明である。

気候は、大半が熱帯雨林気候。モンスーンの影響も受けるが、年中高温多雨。降水量は多いところでは5,000_を越える。ただし、ポートモレスビー付近はサバナ気候を示している。

ニューギニア島中央部は3,000〜4,500b級のビスマーク山脈オーエンスタンレー山脈となっている。最高峰はウィルヘルム山(標高4,509b)。赤道に近いが降雪がある。高山部分以外は熱帯雨林に覆われており、セピク川とフライ川を囲んで湿地が広がる。島嶼部も含め、海岸にはサンゴ礁が発達している。なお、ニューブリテン島等は火山島である。地質的にはいくつものプレートが衝突するエリアに位置するため、地震も頻発する。

IMFによると、2013年の一人当たりのGDPは、世界平均のおよそ20%の水準である。2011年にアジア開発銀行が公表した資料によると、1日2ドル未満で暮らす貧困層は334万人と推定されており、国民の過半数を占めている。

1975年独立の当時は、産業は4C(コプラ、コーヒー、ココア、銅)とされていた。コーヒー栽培は、1990年代の干ばつで、大きな被害を受けた。都市部の貨幣経済と村落部の自給自足経済の二重構成で鉱業が輸出の中心。その他、コーヒーやカカオを生産している。最大援助国はオーストラリアで影響力が非常に大きい。

起伏に富んだ地形であること、熱帯という気候条件にある為、畑作には向かず、ヤシの栽培に適しており、工業もヤシを中心に形成されている。ココヤシの胚乳から作るコプラとコプラを圧搾して抽出するパーム油は、いずれも世界第6位の規模である。2004年時点の生産量はコプラ・8.5万d(世界シェア1.6%)、パーム油・33万d(世界シェア1.2%)。国内市場が小規模であり、輸送インフラの問題がある為、ヤシ以外の工業はいずれも自給をまかなう小規模なもの。中でも、粗糖、牛肉、豚肉、羊肉、鶏肉、ビールなどの食品工業が充実している。

パプアニューギニア経済にとって鉱業は重要な部門である。上位3品目は金・35.9%、石油・21.0%、銅・14.7%。金属鉱物資源は、珪長質な火成岩に伴って産出する銅・21万d(世界シェア1.6%)、銀・75d、金・65d(世界シェア2.6%)が有力。

化学工業、金属精錬はいずれも未発達で、全量が未精製の状態で輸出されている。鉱業の主軸はまず金と銅から始まり、次いで1992年に輸出を開始した原油に移行してきた。生産量、生産額が最も大きかった銅は、1988年に勃発したブーゲンビル島の独立運動の為、最盛期の1/3の生産量にとどまっている。

原油(日量42,000バレル)と天然ガス(日量38万立方b)を生産している。高地地帯の南部山岳州、西部州で生産・処理し、ポートモレスビーの液化・貯蔵施設まで送られてくる計画である。同時に天然ガスの採掘や処理、貯蔵施設も建設中である。2008年5月22日には、パプアニューギニア政府とエクソン・モービルを始めとする日本の新日本石油などの事業会社との間で液化天然ガス(LNG)工場の建設に向けての基本合意が取り交わされ、2014年5月15日に生産されたLNGの日本向け船積みが初めて行われた。世界最大規模のLNGプラントであり年間生産量690万dのうち約50%を東京電力や大阪ガスが購入者となっている。

ニューギニア島はオーストラリア大陸と共にゴンドワナ超大陸を構成していたが、白亜紀に始まった大陸分裂で、オーストラリア大陸と南極大陸は4,500万年前に分離し、ヒマラヤ山脈と同じ頃にニューギニア中央山脈も形成された。氷河期にはニューギニアとオーストラリアは地続きで、サフルあるいはメガネシアと呼ばれる一つの陸地であった。

この地域において、約6万年前の東南アジア方面から来たと思われる人類の痕跡が見つかっている。約5,000年前、ニューブリテン島中央部で、貝の貨幣「シェルマネー」が作られた。これが最古の貝貨とされている。

1526年、ポルトガル人のメネセスが来航、パプアと命名した。19世紀の植民地主義の時代、1828年 ニューギニア島を東西に分割し、1848年に西半分をオランダが併合、1884年には東半分をオーエン・スタンレー山脈、ビスマルク山脈で南北に分け、ニューブリテン島などを含んだ北半分をドイツ、南半分をイギリスが獲得した。南部は1901年にイギリスから独立したオーストラリアに継承された。

1914年からの第一次世界大戦にドイツが敗北すると、ドイツ領ニューギニアであった島の東北部は、国際連盟によりオーストラリアの委任統治領となった。

1941年からの太平洋戦争では、日本軍が1942年1月22日、ニューブリテン島ラバウルに上陸、ニューブリテン、ニューアイルランド、ブーゲンビルなどの島嶼部やニューギニア本島の北岸を占領し、ポートモレスビー攻略を狙ったが、1942年5月に行われた珊瑚海海戦の結果、海からのポートモレスビー攻略を諦め、1942年8月にはソロモン海岸からオーエン・スタンレー山脈越えでポートモレスビーを陸路攻略する作戦が実行された。ここでも飢えとマラリアの為に多くの死者を出して撤退し、その後、制海権、制空権を失い補給を絶たれた日本軍は、凄惨な戦場となった。

1949年、オーストラリアは南東部と北東部を一行政単位に統合して「パプアニューギニア」とし、西部はオランダ領ニューギニア(1949年 - 1962年)となった。

1961年にオランダは島の西部を西パプア共和国として独立を認めたが、インドネシアが侵攻した為「パプア紛争」となり、国連による暫定統治を経て、インドネシアへ併合されてイリアンジャヤ州(1963年–現在)となった。1964年、自治政府初の選挙、1968年、自治政府2回目の選挙が行われた。1971年、国旗、国歌、国章などを採択。1972年、第3回自治政府選挙で、連立政権が樹立。

1975年9月16日、独立の丘でオーストラリアの国旗が降ろされ、パプアニューギニア国旗が翻るという儀式を経て、「パプアニューギニア独立国」として独立した。それまでの自治政府議会が国会となり、初代首相マイケル・ソマレは平和的に独立を成し遂げた独立の父として「チーフ」と呼ばれて崇められ、通貨(50キナ札)にもその肖像画が描かれている。1976年、陸続きで国境が隣接するインドネシアが加盟しているASEAN閣僚会議にオブザーバーとして初参加し、1981年には特別オブザーバーの地位を得ている。

1983年に各州における自治の失敗を受けて、中央政府の権力が強化。1985年、民族的緊迫により、ポートモレスビーで非常事態宣言発令。1986年のASEAN閣僚会議で東南アジア諸国連合に正式に加盟を申請して以降、現在まで加盟を希望しているが、パプアニューギニアが東南アジアではない事からASEAN諸国は正式加盟には否定的である。

1988年にブーゲンビル島(ブーゲンビル自治州)でフランシス・オナを中心とするグループが、パングナのBougainville Copper Ltdが所有する銅山の閉鎖、ブーゲンビルの分離・独立を求めて「ブーゲンビル革命軍(BRA)」を構成し、鎮圧を試みた政府軍との間に内戦が始まった。

1992年にはソロモン諸島のショートランド諸島を、革命軍(BRA)への支援を理由に政府軍を攻撃した。当初、容易に鎮圧可能と見られていた「ブーゲンビル危機」は長期化し、休戦、再開を繰り返し、1997年には紛争鎮圧を狙って雇ったイギリスの傭兵部隊の存在が国外のメディアでリークされ、現役軍司令官「ジェリー・シンギロック」がジュリアス・チャン(陳仲民)首相の退陣を求めてクーデター騒ぎを起こした。

全国で戒厳令が発令されるなど泥沼化し「サンドライン・クライシス」と呼ばれた。2001年8月30日に武器の放棄、紛争中の戦争犯罪に対する恩赦、ブーゲンビル自治政府の容認、将来のパプアニューギニアからの独立に関しては住民投票で決定するなどの条項を盛り込んだ「ブーゲンビル平和協定」がアラワで調印され、平和への歩みが再開された。2005年にはブーゲンビル自治領で初の大統領選挙が行われ、初代大統領に就任した。

現在、都市間や地域間を結ぶ幹線道路が部分的にしか整備されておらず、全国的な道路網はない為、都市間の移動には主に空路が用いられる。鉄道は存在しない。パ主要放送局はEMTVであり、インターネットにおいてはPapua New Guinea University of Technologyというプロバイダが主流である。新聞は売店などでの販売が主流である。

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※「イギリス(英国)」のミニ情報はこちら

※≪信託統治とは、第一次世界大戦後に成立した「国際連盟」下の「委任統治」規定に、第二次世界大戦後に再結成された「国際連合」が修正を加えたも。<>信託領土には 1)国際連盟の委任統治地域、 2)第二次世界大戦の結果として枢軸国から分離された地域、 3)領有国が自発的に信託統治の下におく地域の三種類がある。<>国連の信託をうけた国が、一定の非自治地域で行う特殊な統治形態で、国連の「信託統治理事会」がその監督にあたっている。≫

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2016年01月21日 | 仕向地ミニ情報 | オセアニア・太平洋一覧

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