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ジャマイカ (JAMAICA)

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ジャマイカ (JAMAICA) : 

中央アメリカ、カリブ海の大アンティル諸島に位置する立憲君主国であり、英連邦王国の一国である。キューバの南東カリブ海、西インド諸島西部の海上にあるカリブ海諸島の中で3番目に大きい島「ジャマイカ島」を占める国。面積、10,991平方`(秋田県とほぼ同じ大きさ)。人口(2008年)、2,719,000人。人口密度、247人/平方`。言語、イギリス英語(公用語)、クレオール語。宗教はプロテスタントが 61.3% 、ローマ・カトリックが4%、その他(ラスタファリ運動、イスラム教、ユダヤ教、無宗教者を含む)が34.7%である。首都は「キングストン」

先住民のアラワク人は、インディオと同様にヨーロッパから持ち込まれた疫病に対して免疫力が無く、植民地時代に絶滅した。その後、砂糖プランテーションを支えるための労働力として、西アフリカから奴隷として連れてこられたアフリカ系の諸部族民が住民となった。現在の国民は、アフリカ系が大部分90.9%を占め、インド系1.3%、白人0.2%、中国系0.2%、ムラート7.3%である。

20世紀の後半に大規模な製糖業が行われたが、労働力不足の為インド人や中国人の季節労働者がジャマイカに集まった。この為、現在の様な多人種国家ができあがった。国家のモットーは「One Out Of Many」(多くの部族から一つの国民に)である。

キューバから160`南に位置する島国であり、ジャマイカ海峡を隔てて東にイスパニョーラ島が、ケイマン海峡を隔てて北にキューバとケイマン諸島に位置するハイチドミニカ共和国が存在する。火山島で中央山脈が東西に走っており、東部にブルーマウンテン山脈の最高峰「ブルーマウンテン山(2,256b)」がそびえている。東西に山脈が走り、中央部から西部にかけては丘陵および石灰岩台地(島の2/3)が広がり、海岸部は肥沃な平野を形成。

ブルーマウンテン山脈のすぐ付近に「ジョン・クロウ山脈(1,143`)」があり、ブルーマウンテン山脈と共に国立公園になっている。モチョ山脈、ドライハーバー山脈等の山脈や、コクピット・カントリーの様な緑に覆われた山岳地帯もある。

120にも及ぶ川が流れ、島は緑豊かな熱帯雨林に覆われた島である。本島から南、約50〜70`離れた無人の珊瑚礁ペドロ諸島モラント諸島はジャマイカ属領である。モンテゴ・ベイの付近の海は「モンテゴ・ベイ海洋公園」となっている。メイ・ペンの南方の海岸付近の「アリゲーター・ホール」と言うマングローブの湿地にはワニも生息している。

気候は亜熱帯の海洋性気候に属し暑く、湿っているが、内陸部ではやや穏やかな気候になる。南岸のリグアニア平原とペドロ平原のような地域では相対的に乾燥した雨陰の地域となる。標高が上がるにつれて気温が下がり、山岳部では霜が降ることがある。5〜6月と8〜11月が雨季で、大西洋のハリケーン・ベルトに位置しており、かなりの被害を受ける事がある。1951年と1988年の2度直撃され、多くの被害と死者を出した。2000年代にも、2つのハリケーンが島に厳しい天候をもたらした。

農業はコーヒー、サトウキビ、バナナ、タバコを栽培する。経済の柱はボーキサイトの輸出とアルミナの製造で外貨収入の大半を占める。また“アンティル諸島の女王”といわれるほど風光明媚なリゾート地で観光も重要。

観光名所としては、キングストンの他に、島の北西に位置するジャマイカ第2の都市で、カリブの代表的リゾート地として有名な「モンテゴ・ベイ」では、マリンスポーツやゴルフの他、イギリス植民地時代の観光名所探訪も楽しめる。また、「レゲエ祭」が毎年8月にある。

島の西突端にあり、水平線に沈む真っ赤なカリビアン・サンセットで有名なリゾート「ネグリル(NEGRIL)」があり「セブン・マイル・ビーチ」など、白砂の美しいビーチが多く、サンセット・クルーズやモンテゴベイからの日帰りツアーもある。

また、モンテゴベイから航空機で約30分、カリブ海クルーズの寄港地で、上流階級のリゾートとして歴史が古く「007シリーズ」の傑作もこの地で生まれたという、スペイン語で「8つの川」を意味する、川や滝の多い緑豊かなリゾート「オーチョリオス」等がある。

ヨーロッパ人の到来する前には、南米のギアナ地方から渡ってきたとされるアラワク系のタイノ人や、カリブ人が存在していた。1494年、コロンブスが、第2回航海でジャマイカ島を発見。その後1509年からスペインの植民地になり、サトウキビのプランテーションを設置したが、アラワク族が著しく減少した為、アフリカからの黒人奴隷を輸入し労働力を確保した。1655年、イギリス海軍提督「ウィリアム・ペン」(アメリカ合衆国のペンシルベニア州を創設したウィリアム・ペンの父)と「ベナブルズ将軍」が、ジャマイカに侵攻し、ほぼ無血でこの島を占領した。その後1670年に「マドリード条約」によって正式にイギリス領になった。
 
港町「ポートロイヤル」を首府とし、イギリス海軍の司令部が置かれ、海賊や私掠船の母港となった。1692年の大地震で町が倒壊した為、北のキングストンに首府が移った。イギリスはジャマイカを拠点にしてカリブ海への影響力を強め、ニカラグアのモスキート海岸のミスキート王国や、英領ホンジュラスがイギリス領になったのもジャマイカからの圧力による。

1865年、英国の支配に対する大規模な黒人の反乱が起き、総督「エア」が召喚され英国の直轄領となった「ジャマイカ事件」が起きた。1938年に「ジャマイカ労働党(JLP)」が設立し、1944年に選挙による議会設置され、1957年に英国自治領となる。その後、イギリスから自治権を獲得し1958〜1961年まで「西インド連邦」を樹立した。1962年、イギリス国王を元首としたイギリス連邦加盟国としてカリブ海英領植民地の中で最初に独立した。

ブルー・アンド・ジョン・クロウ・マウンテンズ国立公園」は、ジャマイカ唯一のユネスコの世界遺産で、2015年に◆『ブルー・アンド・ジョン・クロウ・マウンテンズ』の名称で登録された。コーヒーの銘柄「ブルーマウンテン」で知られるブルーマウンテン山脈を含むジャマイカの国立公園で、面積は国土の4.5%にあたる495.2平方`である。生物多様性に特色があり、西半球最大の蝶である「パピリオ・ホメルス」 の希少な生息地であるとともに、絶滅が危惧されている「ジャマイカ・クロムクドリモドキ」の生息地、更には「ジャマイカ・ボア」「ジャマイカ・フチア」の保護区でもある。また、その核心部分は逃亡奴隷であるマルーンたちの自由獲得の歴史とも密接に関わることから、世界遺産リストに複合遺産として加えられた。この世界遺産は、ジャマイカ初の世界遺産であるとともに、カリブ海島嶼国家でも初の複合遺産である。

「ジャマイカ」の風景はこちら

<西インド諸島: 1492年コロンブスがサンサルバドル島に到達し、インドの西部と誤認したことがな名前の由来である。南北アメリカ大陸の間に弓状に連なり、大西洋からカリブ海を分ける島々。大・小アンティル諸島バハマ諸島からなる。>

カリブ海: 南北アメリカ大陸、西インド諸島に囲まれた大西洋の付属海。パナマ運河によって太平洋に通ずる。>

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2017年05月10日 | 仕向地ミニ情報 | 中南米・カリブ一覧

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